愛するということ

イエスはなぜユダが裏切ることを知りながら、彼を行かせたのか。

それはイエスが、「ユダはユダの役割をまっとうしているだけ」だと知っていたから。
ユダはユダのシナリオに忠実なだけで、悪いことはしていない。
そして、同時にイエスは、ユダの弱さも愛していたから。
「許されるもの」と「許すもの」がいると思っていたけれど、最初からそんなものはなく、愛はその境界線を無くす。
愛するということは、ひとつになること。
どんな振る舞いをする人がいても、その人はその人の役割をまっとうしているだけ。
そして、すべての人は弱さや脆さをかかえながら、目の前の人にそれを投影して傷つけあったり、惹かれあったりしているだけだ。
傷つく私も、傷つける私もいない。
他人は思考の中にしかいない。

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