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前回のちょっと続きっぽく、ね、話す!


「宮城谷昌光さん何んかの小説を読むとね、古代の中国の”あらまし”が結構、わかる。」

「歴史の本格的な研究者を目指すのでなければ、素人にも面白く書いてくれている方がいいですね!」

「井上靖さんの”孔子”なんかもええぞ!」

「儒教はなんか古臭いイメージある割に、東洋では、なかなかこれから自由になれない部分あるので、むしろ一度こういうの読んでおくといいですよね。」

「もう少し、古典がいいなら ”孔子”(和辻哲郎著) なども面白い!」

「孔孟などと言いますが、”孟子”についてはいかがですか?」

「孟子は、いくつかの意味で難しい本じゃな。」

「と言いますと???」

「孟子は、”易姓革命”を善、というか、必要な”悪”と断じる本で、日本では、あまり推奨されてこなかった。奈良平安から、室町、あたりまでは、ほんとんど禁書扱いだし、遣隋使、遣唐使から遣明使あたりまででも、『”孟子”を積んだ船は沈没するというまことしやかな嘘がずっとささやかれてきた。」

「実質上も、形式上も”天皇家”を重んじ、大切にすることで安定を得てきたこの国の国体を思うと、まあ、宜なるかな?ということでしょうか?」

「そうじゃな、”孟子”はしかし、特に室町後期、戦国末期には、随分と実際には、読まれたらしい。」

「北条早雲は、伊勢新九郎長氏といった足利義視の申次集であった頃から、義視とは、随分、”孟子”について話し合ったと言われていますよね。」

「義政が政治にあっという間に飽きて、趣味の世界に没頭するようになってから、後継で揉めた応仁の乱の頃、”この人ならば”って思ったようじゃが、実際には、将軍職に着くとかつかないとかの中で、諦めてしまったな。」

「駿河に下向した後も”孟子”に従って、動いていますね。」

「実際、(鎌倉)公方(の1人、伊豆堀越公方)も打ち果たしている。こういうことは、ある種の教養がなくては、実はできない。主上を討ち果たし、”下克上”を行うのは、中世にあっては、心理的障壁が、普通はものすごく大きい筈で、この時の理論的、のみならず、心理的な支柱となったのは、”孟子”であり。そこに書かれている、易姓革命を正しいとする激烈な思想じゃな。」

「殷の紂王を家臣であった周の武王が討ち果たし、易姓革命を起こして、姫姓の王家を起こしたのは善であると言い切っていますからね!」

「関東の別天地で、小規模ながら、それを目指した早雲であればこそじゃな。」

「しかし、早雲は、使えるものはなんでも使っていますよね。」

「ああ、早々、足利義視の申次集であって、伊勢の鞍作りであったことは最大限に利用している。こういうとこも、”孟子”信者らしいね。」

「日野富子や伊勢家の惣領とも、折に触れて、連絡を取っていて、今川義忠の遺児、氏親を庇護しつつも、その駿河の守護としての隠然たる”力”の協力も取り付けながら、じっくりと伊豆、そして、相模と取り込んでいくな!」

「とりあえず、武力だけで征服してもあっという間に潰されることを理解していますね。」

「平安後期には、”平将門””藤原純友”など、暴力大将みたいな連中の3日天下を知っていればこそ、”孟子”も引きながら、地道に征服している。」

「しかし、日本人はたまには”孟子”的な人が出てきますが、大概うまくいかないですね。」

「変革はうまくいくこともあるが、その後、あまりいい死に方をしていない。」

「西郷隆盛など、かなりの”孟子”信者の匂いがしますね。」

「日本人の根底には、しかし、”孟子”に従いきれないもうちょっと、ある意味では”甘い”、別の意味では、”道”に従うべきといったある種の諦念があるような気がする。」

「それは”老子”のことですか?」

「端的に象徴的に言えばそうじゃな。日本人の根底的な宗教観というのは、どちらかというと、儒教でも孟子でもなく、道教に近いような気がする。」

「”孟子”など、現実に押されて持ち出してきたものの、一定の成果をあげたり、それなりの成功を収めると、”道” に帰るみたいな心情がでくるような気がするよな。」

「腑に落ちるって意味では、”老子”なんでしょうね。」

「森羅万象に神を感じ、それとともに逆らわずに生きるのを善しとしたい、この世の便宜として、”孟子”を持ち出して、仁を持って革命じみたことを行い、その後の政体は、儒教に従って、礼や義などを操って作ってみても、なんとなく、座りが悪そうじゃな。」

「この辺りロシア人などと根本的に異なりますね!」

「彼ら、エゲツなさはとめどないが、そもそもそれを抑止する原始的な宗教観がないんじゃろうと思う。」

「西郷など、最後は自ら”滅びの道”を選んでいるような気がしますね。」

「ああ、それが道と悟ったような諦念を感じる。プーチンみたいな人とか、売電さんとか、絶対あんなことしない。」

「どちらも、最後まで徹底的に、それも、現実的に意味のあるやり方で戦いぬくというような”エゲツなさ”がありそうですよね。」

「核だけはやめて欲しいものだね。あまり追い詰めると、フセインになると思っているけど、イラクとロシアの違いは、核弾頭を標準で装備できるかどうかじゃな・・・・・・。」

「西郷さんだって、本気で明治新政府に勝つためになんでもやるって心情であれば、あの時期、まだまだやり方がありましたよね。」

「一切、やってないね!むしろ、”道”に従い、我ら旧勢力は滅ぶべしって心情が出ている。」

「武士の世はもうないのだ、我ら、潔く散ろうて感じですよね。」

「150年以上経って、どうだったか?ていう現実的な評価はあろうけど、しかし、心理の奥底にある宗教観は如何ともし難い、結局、こうなったと思うな。」

「中国はまた違いますよね。」

「中国というのは、孔孟も老荘も、人が作った便宜であり、神も何もないってわかった上で利用しているんじゃな。」

「オリジナルのある国というのは、それが所詮、近所のおっさんと変わらん変人がなんかいってるだけだけど、役に立つなら使ってやろうっていうところが、もう、見事にプラグマティックですよねぇ〜。」

「ああ、神の言葉と崇めて輸入して奉っている国たちを横目にみつつ、まあ、やらしとければ、なんかの時には役にたつよなって思っているしたたかさを感じる。今の習さんもそういう意味では、見事に中国のエスタブリッシュメントだなぁと思う。」

「宗主国としては、だからこそ形式的なところにはこだわるんですよね。」

「ああ、尊敬されてないといざって時、命令できない。」

「書類の氏名欄に”姓名”なんて書いてあると、本当にシラッと”姓”名を書いて、からかい気味に、『姓を聞いてるんだろ?だから、本当の姓を書いたんだよ。田舎もんは、これだからねー!』みたいないやらしさがあるね、そういう意味では。」

「韓国は、儒教優等生ですからねー!」

「ああ、姓名と書いてあると、私の姓は”金”だが、金姓は本貫ごとにいくつかあり、どこまで書くべきか?なんて質問を真面目にされそうで怖い!w」

「何れにしても、普通の日本人には何を聞かれているかすら、わかりませんね。」

「本当の教養というのは、そういう知識があることのみならず、そういう時、どういう判断で、何をするか?自分できちんと判断できる力のことだよ。」

「リベラルアーツというのは、雑学の物知りでもないし、パズルを解くのが上手なことでもないですね!」

「それはそれで大切なんだけどな。」

「日本は、本来的に、流された流人や流れてきた流れ者が、そこここに”ツボ”を作って、それぞれの文化でうまくやりながら、それぞれの文化で行きつつ、それなりに交流もし、全体として、公正、平等、で、普遍的な横並び意識をもって何千年と続いてきたんだな。大陸的な中央集権的””演説””文化には、胡散臭さしか感じない。」

「木に竹を継いだような”改革”しても、長続きしないし、その期間、様々な犠牲者が出る。上に立つ人たちは、よくよく歴史を学び、正しい歴史観、歴史意識を持って、施政願いたいものじゃよ。」

「本当は、な。書き始めたときには、古代中国の戦闘時の呪詛と現代の戦闘アニメのこと書こうと始めたんじゃけど、また次回な!」

「書いておかないと、何書こうとしてたか忘れますよねー!」



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