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宰相がその赤い液体を口にしようという時、公爵が鋭く響き渡る声で
「吐け!」
と叫んだ。

宰相はその拍子に液を口中に入れてしまったらしかったが、それを聞いてすぐにまたそれをワイングラスへと戻した。

ただでさえ嵐で船の揺れが止まらないのに加えてその光景を見た私は、自らも強い吐き気を感じた。

「船内では絶対に吐くな、海に吐け」
との公爵の言葉を受け、私はよろよろと船室を出て甲板の端へ行き、嘔吐した。

大量の黄色い花が私の口から出て、海へと流れ出た。

気づくと明文が横で同じように嘔吐していた。

大量の鼠が彼の口から出て、海へと落ち込んでいった。

それを見て私は更に気分が悪くなって、一層花を吐き出し続けた。
明文の方でも同じことが起こっていただろう。

一頻り嘔吐し続けた我々が無言のまま船室へ戻ろうとすると、突如嵐が静まり返り、眼前の海面に光が宿った。
その光に照らされるようにして、海上に、見たことないほど年老いた老婆が出現した。

彼女は天女の羽衣を身に着けていた。

「もうずいぶんこのヤクをやっておるが、善玉じいさんと悪玉じいさんが同時に表れるのは初めてじゃわいな」
老婆はしゃがれて低いものの不思議に聞き取りやすい声で話し出した。
「めんどくさいわい。お主の髪と爪と歯をよこせば望みを三つ叶えてやろう。よこさねばこの船ごと海に引きずり込む。文句はあるまい?」
大分文句がある条件だったが飲むしかなさそうだった。
分かったと言おうとしたとき明文が
「一度に三つの願いは決められぬ。」
とうめいた。
私は思いついて、
「今歯をよこすから一つ目の願いを叶えさせ、残りは髪と爪をやるときに叶えさせろ。」
と答えた。
「よかろう だが儂によこすからには儂の名前を書いた紙でくるみ、必ず水に沈めるのだ」
「承知した。御前様の名前は。」
「水月とせよ」
「相分かった。」
明文と同時に応えて歯を抜き、海に投じた。
「水月よ、我が船の母港を与えよ」
「水月よ、我らを女王の面前に連れていけ」

水月は首を振って
「まあ、同じことだ」
というと姿を消した。

そして目の前に島影が表れた。
山を背負った海べりは穏やかで、恐らく水月が母港として用意したものであろう。

「陸に上がったら決闘になるか」
「ああ、だが状況がそれを許さぬかもな」
明文に促されて振り返ると、黒い船がもうずいぶん近くまで迫ってきていた。

私はあわてて船室に戻り公爵宰相大司教に停泊下船の準備を命じると、残りを連れて甲板の砲に付かせた。


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