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111回記念 アイコン画像「相棒」紹介

「記念は多くて困ることがないですから」
「多けりゃいいってもんじゃないと思うが」
「言うほど多いですか?」

111が並んだ棒に見えるので、「相棒」の話をします。

これはそもそも何かと言いますと、ダイゾーに500円で売っていたマジックハンドというか、隙間に落ちたものを拾う用の道具です。

そして、私の海岸清掃における文字通りの相棒として、三年間を共にした存在です。

これを見つけるまでは私はパンを挟む用のアルミの短いトングでごみを拾っていました。
長い火ばさみ式のトングは、重いし、持ち運びしずらいし、挟むのに力がいるし、ごみを袋に入れるのが大変だったからです。
ただ、この短いトングも「リーチが短い」「拾う時かがまなければいけない」という弱点がありました。

いい感じにこの弱点をカバーしつつ、軽くて挟むのも楽なのが、この相棒だったのです。

長いのでかさばるのと袋に入れにくいのは長いトングと変わらずなのですが、ここに「フォルムが銃っぽくてかっこいい」という理由が加わった結果私はこれを相棒に決めました。

しかし、この写真に写る相棒は、今はもう私のもとに居ません。

三年間海岸でごみを拾い続けた相棒は、砂利を噛み、海水を被り、徐々にその機能を衰えさせていました。

そして、2024年の元旦、初日の出を終えた海岸の初お清めを行うという大いに記念すべきその瞬間。
三年間(足掛け)至らぬ私を支え、多くの思い出を共にし、私が私にとっての正義を成す事を可能にしてくれた相棒は、2024年の初日を浴びながらついに、その役目を終えました。

その亡骸は、これまで苦労と共に使命を果たしてきた証の如く、赤さびていました。

多くのごみを拾い、捨ててきたこれも、かくなってしまえばごみとして扱うほかありません。

今私の手元には、同じダイソーの同じ売り場にあった、よく似た、でもちょと違うタイプのものが、二代目としてあります。

そして私は、相棒の写真をnoteにおける自らの顔としました。
自分自身を支えてくれた存在を感じながら、創作を続けます。

どうか、かつての相棒の魂に幸がありますように。
そして、これからも、海岸清掃者としての私を見ていてくれますように。

「なんだこれは」
「何だと思いますか?」
「・・・・・・悪い意味でのポエム」




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