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【新刊サンプル】4/2 J.GADEN53新刊『REUNiiON 2.5』

4/2にビッグサイトで開催されるJ.GADEN53の新刊サンプルです。(間に合えばもう1冊発行予定です)
昨年一区切りついた『REUNiiON』1~2巻の、収録していなかったR18部分とその後のショートストーリー3つの短編集です。

A5/40P/会場頒布価格400円
スペース:つ04b サークル名:妄想語部


NEXT STEP

■NEXT STEP


――次も拒まなかったら、最後までするから。
 うん、と頷いた。拒むなんて選択肢、最初からなかった。
――次は、しよう。


 金曜日だったなら、「次」は翌日だったかもしれない。
 金曜日は上司や、プレゼン大会に出ている間フォローに回ってくれていた同僚たちが残念会を開いてくれた。だから、蛍(けい)とf.f.に行ったのは土曜日だった。
 
――天河(てんが)に負担が掛かるから。
 蛍の家には準備がある、暗にそう言っていることは分かったので、翌朝蛍の家に行こうとしたけれど、やんわりと首を横に振られた。
――明日、仕事だろ。
――焦らなくていいから。
 焦っているわけじゃない。ただ、もっと、と思った。もっと、蛍に触れられたい。

「……まだ、火曜日」
 ベッドで寝返りを打つ。今まで触れていなかった部分が冷たくて、下敷きにした布団の上で身体を縮ませた。布団を引き抜いて潜り込んでも、まだそこには体温が馴染んでいない。
 蛍の体温が、恋しい。
 思い出すと、身体のあちこちが疼いた。膨れ上がった熱を発散させるために、互いの中心を擦り合わせ、精を吐き出したけれど、それで触れたいという欲が収まったわけではない。むしろ、募る一方だ。
 「次」、が遠い。
 枕元に投げ出したままのスマートフォンを手に取り、あの日と同じワードを検索した。
「洗浄、解す……」
 ことに及ぶ前に、交わる場所を洗う必要がある――慣れないワードに不安がないわけではないけれど、間が空いたからと怖じ気づくようなことはなかった。あれからずっと、身体が蛍を求めて彷徨っているような気分でいる。
 あの日はその先を読み進めようとしたとき、「天河」と名前を呼ばれ検索画面を閉じた。起き上がると肩から布団が滑り落ち、今まで意識したことのなかった感覚が肌の上を滑った。そっと下半身を見遣り、反応していないことにこっそりと安堵の息を吐いた。
――どうかした?
――なんでもない。
――服着ないと、風邪引くよ。
――うん。
 蛍は天河の部屋着を着ていた。オリーブ色のフリース。肌触りが気に入ったらしく蛍がよく着るので、週初めに必ず洗濯するようにしている。落ちついた色合いが蛍によく合っていて、天河の中ではもう蛍のパジャマだ。
 手を伸ばすと、フリースのしっとりと柔らかな感触が触れる。すでに洗濯はしているから、蛍の痕跡は残っていない。けれど、触れた手のひらだけで、それを着ているときの蛍の感触を思い出す。
 検索結果を閉じ、メッセージアプリを起動した。
『金曜日そっち行っていい?』
 続けてもうひとつ送信する。
『次、したい』
 返事を待つ間、たたんでいないオリーブ色のフリースに顔を埋(うず)める。蛍の匂いを探す。洗濯しなきゃ良かった、なんておかしなことを思った。ほんの二日、会っていないだけなのに。
 スマートフォンが短く鳴る。小さな窓枠が現れ、『いいよ』とメッセージが浮かぶ。その途端、お気に入りの柔軟剤に混じって蛍の匂いがした気がした。


 いつも通り手ぶらでいいよ、と言われ、会社からそのまま蛍の家に向かう。夕飯どうする、と送ると近所で食べようと返ってきた。
 男同士で繋がるために必要なものをリストアップしていたけれど、蛍は大丈夫と言った。あるならいいけど、と足下に視線を落とす。
 蛍に恋人がいたことは、なんとなく聞いている。この年齢でどうこう思ったりはしない。天河にだって彼女はいた。
 おかしいな、こんなに心狭かったかな。と車窓に向かって小さく息を吐く。埼京線ってこんなに遅かったっけ、と胸中で呟いた。
 蛍が愛用するフリースが天河の部屋にあるように、蛍の部屋には天河がよく着ている蛍の部屋着がある。着る瞬間のふわりとした香りを思い出すと、頬が緩んだ。蛍お気に入りの洗剤の匂いと、蛍の部屋の匂い。
 あと少し。
 ようやく蛍の部屋の最寄り駅に着き、電車を降りる。着いた、とメッセージを送るよりも早く、改札の前に蛍を見つけた。
「お疲れ様」
「蛍も、お疲れ」
「おかえり」
 じわ、と胸に蛍の声が滲む。
「ただいま」
 通い慣れた道を並んで歩く。まだ早い時間だから、あちこちの店が開いている。
「前に行った中華でいい?」
「うん」
 以前、蛍の仕事仲間と三人で行った中華料理屋に入る。メニューを開いてすぐ、前回気になっていた料理に目が行った。
「俺エビマヨ定食」
「ああ、それ美味しいよ。俺は……天津飯にしよう。お酒は?」
「うーん……」
 飲むと勃たなくなる、と聞くけれど今までそうなった経験はない。少したが(・・)が外れやすくなるくらいだ。それも、本当に外したことはない。そして、この場合天河は勃たなくても問題がない気がするけど、どうなのだろう。
「いいや。飲みたくなったら蛍の家で飲む」
「……うん、俺もそうしよう」
 蛍が一拍おいて相槌を打つ。同じことを考えていそうで、つい笑みの浮かんだ口元を手で隠した。
 当然のように一口ずつ交換し、業後の身体は少し多いくらいの量をあっという間に平らげた。
「どこか寄る?」
 店を出たところで問い掛けると、蛍は「ううん」と首を横に振った。
「特に買う物もないし。天河は?」
「俺も。蛍んちに飲み物あるよな」
「あるよ。水も炭酸もお茶もコーヒーも」
「じゃあいい」
 歩く足と同じようなリズムで、とく、とくと胸が音を立てる。食べている間も、何度も目が蛍の手を追った。レンゲを持つ仕草すら器用に見えて、早く触れられたくなる。そのレンゲが寄せられる唇にも、触れられたい。
 触れたい。
 階段と踊り場のスペースしかない小さな廊下に、カチャンと鍵の外れる音が響く。
「おかえり」
 一歩先に入った蛍が、もう一度言う。
「ただいま」
 笑って返しながら、蛍をすり抜けて中に入る。今度は背後で小さく施錠の音が響いた。その音を合図に振り返り、蛍へと両腕を伸ばす。持っていたバッグは床に落とした。狭い玄関の土間で抱き合う。「天河」と呼ぶ蛍の声は、二人の唇に吸い込まれた。

※もう少し先の部分はpixivにあります。https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=19543068


「ご報告。」

■「ご報告。」

 手にはアルコールの入ったグラス。お気に入りのカフェバーで、目の前に並ぶのはマスターの手料理。待ちに待った幸せを噛み締め、天河は目を細めた。
 そして向かいには、五日ぶりの恋人。
 お疲れ、とグラスを合わせ、ビールを一気飲みする。
「はー、染みる~!」
 くぅ、と顔中で味わっていたら、蛍がいつも通りの穏やかさで笑った。
「天河は本当に美味しそうに飲む」
「美味しいからな」
 社会人に成り立ての頃は、仕事上がりにビールを求める上司たちの気持ちがよく分からなかったけれど、今ならよく分かる。
「最近暖かいから、無性に飲みたくなった」
「確かに。たまに春を感じるな」
 そういう蛍も、天河に付き合って生ビールを頼んでいた。天河もそうだけれど、蛍もそれほど酒にこだわりはない。いま何が飲みたいか、だ。
 今日のお通しはブラックペッパーの利いたポテトサラダなので、ビールによく合う。カリカリベーコンが入っているから、食感の違いも楽しい。この時点でラッキーと喜びで顔がにやけてしまう。
「はい、お待たせ」
 レオが頼んでいた料理を運んでくれた。今日はとにかくビールを楽しむつもりで、焼き餃子と枝豆のペペロンチーノ、それからサキお勧めのズッキーニのレモンナムルを頼んでいる。焼き餃子もチーズが掛かっていて、f.f.らしくカフェアレンジされていた。日によって出ているものは違うけれど、本当にメニューが幅広い。
「次は?」
 あと一口で空になるグラスを視線で示され、「コロナで」と答えた。一杯目は味わう余裕もなく飲んでしまうと分かっていたから喉越し重視の生ビール、次からクラフトと店まで来る道すがら決めていた。蛍も笑いながら「俺も同じで」と言う。天河のビール祭りにこのまま付き合ってくれるらしい。
「今日はずっとお手伝いですか?」
「そうね、いま席ないし」
 まだ陽も沈みきっていないのに、今日のf.f.は早くも満席で、天河たちはぎりぎり席につけていた。
「お疲れ様です」
「そのナムル、私もお勧めよ。ごゆっくり」
 ひらひらと手を振って、レオがカウンターに戻っていく。カウンターではサキが忙しそうに動いていた。レオは元々黒いスタイリッシュな格好が多いので、そのままで喫茶店風の制服を着たサキと並んでも違和感がない。
 レオがフロアに立つと、カフェ寄りに見えるf.f.も夜の店という雰囲気が濃くなったように感じる。サキが店を始める前からレオはこの辺りの店で働いていたらしい。元々接客をしていたから、客捌きも慣れたものだ。そのときの同僚がヨウだと、少し前にサキから聞いた。ヨウだけがレオを「カノン」と呼ぶのは、同僚だった頃の源氏名だ、とも。
「ちょっとトイレ」
「ん、いってら」
 蛍が席を立ち、手に箸を持ったままそれを見送った。
 チーズの上からポン酢を掛け、餃子を囓る。思わず「んま」と独り言がこぼれた。これも、疲れた身体によく染みる。
「本当にテンガくんは美味しそうに食べるわね」
 長身のレオが隣に立つと、照明が遮られるのですぐに気付く。ライムの刺さった小さな瓶を二本受け取り、礼を言った。
 蛍には悪いけれど、この料理を前に我慢は出来ない。キンキンに冷えたビールが、同じく冷えたライムを撫でて喉を爽やかに通り過ぎる。はぁ、と感嘆の息が漏れた。
「あ、テンガくん!」
 店の入り口から聞こえた声に振り向くと、見慣れた常連客たちが入ってくるところだった。ヨウとトオルと、それからもう一人。会うのは最初のとき以来だ。天河を呼んだのは香(コウ)だった。
 席はちょうど空いたところらしく、レオが天河たちの隣のテーブルを拭き始める。
「やっほー。今日もケイくんと?」
 すでに何度も会っているヨウとは、軽く手を上げて挨拶を交わす。トオルは「こんばんは」と会釈をすると、そのままレオの元へ寄っていった。
「はい。蛍、いまトイレ行ってて」
「テンガくん、僕のこと覚えてる?」
 香が天河の座る椅子に手を乗せ、天河を覗き込む。前に会ったときは大人しい印象だったけれど、ヨウとレオの印象が強かったからだろうか。くるんと大きめの目は、好奇心旺盛に見えた。距離が近い。
「もちろんですよ、香さん。お久しぶりです」
 そう答えるとふわりと微笑まれた。薄く化粧をした顔が蠱惑的な色を帯びる。
「ふふ、嬉しい。僕がしばらく来ない間に結構来てたんだって?」
「はい。蛍と一緒に」
「ヨウが何度も自慢してくるんだもん」
「自慢って」
 そういえば、以前そんなことを言っていた。そう、香が天河を可愛いと言っていた、と。
「ね、テンガくん。連絡先教えて? 僕と今度デートしようよ」
 ええと、と瞬時に頭の中で考える。このデートとは女の子たちが遊ぶときに言う「デート」なのか、それとも違うのか。連絡先を交換するのは構わないけれど、それによって対応は変わる。すでに抵抗も何もないが、以前と違いいまは恋人のいる身だ。
 一瞬の戸惑いの間に、すいっと視界の隅に現れた手が香と天河を隔てた。天河の腹に添えられた手。今日は左手中指に細いリングをしている。
「蛍」
「すみません、香さん。天河はもう俺のなので」
 にこやかに告げた言葉で、周囲が一瞬静まりかえった。
「え、とうとう?」
 隣のテーブルからヨウが身を乗り出し、テンション高く問い掛ける。
「とうとう?」
 そう思われていたことに驚いて、天河も思わず声を上げた。
「だーって、時間の問題だと思ってたもの。ねぇ、カノンちゃん」
 ヨウに振られ、レオが意味ありげに笑う。
「そうね」
 その背後では、トオルも苦笑しながら頷いていた。
「やだ、いつの間に? ヨウさんたちが知らないってことは最近?」
 香が身を乗り出して、顔を寄せる。
「少し前、に……?」
 疑問形なのは、付き合ってと言われたのは約一月前で、けれど天河はその前の週に恋人になったつもりでいたからだ。あれ、どっちだろうと思うとつい半音上げてしまった。
「そういうわけなので」
 蛍に引き寄せられ、椅子から落ちそうな身体を背中から預けた。
「ちょっと! ケイくんってば心狭いよ、テンガくん! 付き合いたてなら余裕もちなさいよ」
 吠える香にも蛍は穏やかなまま、形ばかり申し訳なさそうに眉を下げた。それを腕で囲われた状態で見上げ、胸にじわりと広がる擽ったいような気持ちに頬を溶かす。なおも蛍は香へ微笑んだ。
「俺が触られたくなくて、ごめんなさい」
 香への気安さが分かるので、つい笑ってしまう。蛍が楽しそうで、楽しい。
「俺は嬉しいです」
 天河がそう返すと、香はあんぐりと口を開けた。
「なんなの、このバカップル!」
 もう、と頬を膨らませ、香は隣のテーブルに去っていく。トオルの肩に額を押しつけるので、トオルは痛がりつつも撫でてあげていた。
 好きだな、と思う。この店で、こうしてサキや常連のみんなと知り合うことができて、良かった。蛍と共通の、楽しい時間。
 知らない間に眠っていた世界は、目覚めると同時に広がっていった。
「はい、俺からのお祝い」
 それまでカウンターから出ていなかったサキが、カラフルなラベルのついた小瓶をテーブルに置いた。ようやく手が空いたらしい。見たことないラベルのビールに、テンションが上がる。
「ありがとうございます!」
「咲(サク)、報告を待ってたのよ。言ってもらってないのに勝手に祝うわけにもいかないって」
 レオの反応からもしかしてと思ったけれど、やはりサキとレオには気付かれていたらしい。
「……そんなに分かりやすいですか、俺」
 この一ヶ月、結構頻繁にf.f.には来ていた。蛍の態度は、以前と変わらなかったと思う。
「なんとなくね。元々付き合ってないのが嘘みたいな距離感だったけど」
「そうはそう!」
 レオの台詞に、ヨウが重ねる。
「下世話な話、身体の関係できると距離感変わるからね。やっとかーって」
 見守られていたのだと思うと嬉しいけれど、恥ずかしい。もしかしたら、天河が自覚するよりレオたちが気付く方が早かったのではないだろうか。レオたちが鋭いのか、自分たちが鈍いのか。
「おめでとう」
 お役御免となったレオが、隣の席からグラスを持った手を伸ばす。差し出されたグラスに瓶の縁を合わせ、ほんのり熱くなった頬を緩めた。
「ありがとうございます」
 蛍と声が重なれば、もう一度「バカップル」と香が吠える。それはなんだか、嬉しい称号だと思った。

※こちらは全文です。このくらいの長さのものがあと2つ収録されています。


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