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学歴と人間力の関連性

学歴がその人のすべてを現すわけではないが、やはりかなりの部分を描き出すと思う。というわけで、学歴について。かなり私見ばかり。



学歴の構成要素

学歴 = (先天的知性 + 後天的知性 )× 時間

学歴とは上の式で表すことができる。その人の最終学歴と、その学歴の構成要素の各値によって、その人の人間性や人間力をある程度あぶり出すことができるはずだ。

例えば、先天的知性が優れていて、授業を聞いていただけでトップの成績をとり優れた大学にいくようなケースもあれば、予備校や参考書を効果的に利用して短時間で偏差値をぐんぐんあげたようなケース、あるいは、地道に一年生の時からコツコツ時間をかけて積み上げたタイプもあるだろう。

幼いころからの勉強との向き合い方を分析することで、その人の性質や能力が垣間見える。




構成要素の細分化

先天的知性

⇒ 好奇心、理解力、記憶力、構造化力等々、


後天的知性

⇒ 意欲、やる気 

⇒ お手本、モデル、教科書、参考書、マニュアル

⇒ 理解する経験、時間、機会


時間

⇒ 反復練習、定着、単純暗記時間、作業時間


先天的知性は、頭脳明晰さ。後天的知性とは、自発的自律的自己決定的に何かを学ぶという姿勢と言い換えられる。以前少し触れたけれども、学びとは、意欲、学習素材、経験の3要素で成り立っている。そのうち2つ以上が揃えば、身に着き。3つ揃えば効率的に学べる。それらの取り組みや姿勢が後天的知性といえる。そして、最後に、何かを学んだあとに、それを定着したり、手足のごとく使えるようになじませたり、本当に単なる丸暗記だったりと、実際に費やし取り組む時間がかかる。





学歴で分かる人間力の大前提

学歴が高い人程、やらなければならないこと、やるべきと思われる要請への使命感、責任感、遂行力、進行管理力が高くなる。汎用性が高く、どんなもの事でもそこそここなせるとも言い換えられる。裏を返せば、学歴が低い人程、自分の興味関心がある分野(趣味やらアイドルやら、あるいは1範囲の学術的分野)しか学べない、学ばない。学ばないからうまくこなせないし、時間をかけても上達しにくい。

どんな人でも、自分の興味関心がある分野(趣味でもいい)については細かいことでも覚えたり、時間を費やせるように。学ぶという活動の根幹は、意欲ややる気や好奇心である。

では、学歴が高い人程、意欲が高くなるのかというとそうではないだろう。円周率とか、歴史上の人物の○○3世とか、まぁ日常生活では使わないこと、覚えたことで変化を実感できないようなことを知れて嬉しい!楽しい!勉強になる!と思っているとは考えにくい。つまり、学歴があるということは、その人の学習意欲がずばぬけて高いといよりも、社会から求められている、色々学ぶべきという要請に対して、そうあるべきだと信じ、社会の学歴(学校の勉強は大事)という規範に賛同しているといえる。その中でスコアを競うような形で、自らのやる気や意欲や好奇心を奮い立たせる傾向が強い人だということだ。

まぁ、実際の内情はどうあれ、社会的規範(秩序、道徳、ルール)を守る人物であり、遅刻をしてはいけない、約束を守る、いじめは良くないとかそういうもろもろも比較的守る良識的人物といえる。進学校になればなるほど、落ち着いているのはそういうことだ。反面、低底校程、逆になる。





学歴で分かる人間力 細部(構成要素によるタイプ分け)

先天的知性 高   後天的知性 高   時間 高

超エリート。常人よりスペックも高く意欲もあり、成功法則を自ら見出だし実践定着までこなす。必要な時間まで捻出し自己管理できる。


先天的知性 低   後天的知性 低   時間 低

学歴社会の落ちこぼれ。赤点だらけ。社会のルールにもだらしない。一般的な作業や課題への取り組みや能力も低い傾向にある。但し、自ら興味関心がある分野にだけめりこんで、化ける可能性があったり。学力ではないコミュ力社交性等で、社会を上手に渡る場合もある。


両極端は上述のように分かりやすい。あとは、どの要素が強く出ているのかでタイプ分けできる。

先天的知性頼みで、後天的知性が欠如すればするほど、勉強しかできない高学歴になる。与えられた課題や教科書があれば学んでいけるが、自ら学ぶべきことやお手本やモデルを探して見つけて自分のものにする力が弱いような場合だ。もっと具体的に言えば、予備校や講師のレールにのって色々やって来ただけの高学歴とも言える。言われたからやるだけなので、時間の自己管理力も乏しい。

一方で、先天的知性に乏しくても、後天的知性が高く、課題への取り組み方として、自学自習や自ら必要なものを見いだして計画だてたりとかをよくできる場合、結果的には、打たれ強く、結果を出せることになる。




終わりに

元来、学歴と人間力は全く関係ないと思っていた。しかし、世間の直感的な評価の通りであり、学歴が高いほどいわゆる真面目になるし、真面目とはやるべきことをやるべきと自律してやれる立派な力の一つだと整理してみて改めて痛感した。

不真面目は、自分の関心以外(社会的規範)には力を出せない不真面目であり、一緒に作業をするとか共同で何かをすると、非常に苦労されられる場合がある。やる気がないし学ばないので。

これまでの人生で、高学歴な人にあってきたが、先天的知性と後天的知性と分けて考えるとその通りのように思った。東大生だからと言って頭の回転や記憶力や理解力に著しい差を感じないケースもあれば、つくば大生で、着眼点とその成果に脱帽する人もいた。

まぁ世間一般で言われている感想と最終的には一緒で、なんとも味気ない記事な気がする。

低学歴者ならば、汎用的パフォーマンスは低いが、どこに興味関心を抱いていて、それにどう取り組んだのかよくよく観察する必要がある。高学歴者でも、自分の頭でちゃんと考え取り組んできたのかを精査する必要がある。

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