彼女になりたくない物語(2)


「もう1本吸ったら行こうか」
まるで、2人でいることが心地良いと言われたみたいで少しうれしかった。

電車の時間が迫っている。
足早に駅へ向かった。
彼は、誰かと連絡を取っているようだった。
肩越しに彼を見ると、器用に私の少し後ろをついてきている。
その様子がペンギンのお散歩と重なり、私はまた静かに笑った。

電車に乗り、2人がけの席に座る。
外はもう真っ暗だ。
窓に映る自分にピントが合う。
少し表情が固い私がいた。

車内は変な暖かさだった。
彼も同じように感じたのだろう。
マフラーに手をかけていた。
隠れていた首筋や喉仏が現れた。
彼が男性であることを改めて実感した。
と同時に、自分が女性であることも実感していた。
煩悩がちらちらと顔を出す。
私は口角を上げ、話しかけた。

「麻友子さん、喜んでくれるといいですね」
彼は携帯から目を離し、そうだねと微笑んだ。
ずっと誰かのものだった彼の微笑みが、今私に向けられていることに、少し優越感を覚えた。
そして、そんな自分への嫌悪感が渦を巻く。
口を慎まないと、余計なことを言ってしまう。
妙な焦りがこみ上げてくる。
そのあと、どんな言葉を交わしたか覚えていない。

気づけば目的地に着いていた。
煩悩たちは胸の奥底にしまい込み、鍵をかけた。
これで今日はもう出てこないだろう。

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