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『かがみの孤城』、リオンの記憶と二つの「奇跡」

2月25日(23年)に投稿したエッセイ「映画『かがみの孤城』、原作と比べると」の中で、原作のラストが、映画ではラストにならず、リオンの転校シーンの前におかれていたことと、映画のラストになったリオンの転校シーンでリオンにかなりはっきりとした城の記憶が残っているようにしたことについて、「残念な点」、「賛成できません」と書きましたが、この2点について、もう少し、書き加えておきたいと思います。
まず、映画でリオンに城の記憶がはっきりと残っているようにした点ですが、まずは、このことで、オオカミさまの「善処する」が、リオンに対してだけのことのように見えてしまって、アキなど、他のメンバーにもうっすらとした記憶が残ったことへの注目が薄れてしまうという問題があります。「善処する」は、原作にもありますが、原作では、リオンにはっきりとした記憶が残っているように思わせる記述はありません。そのことにより、原作では、アキ等、他のメンバーにうっすらとした記憶が残っていることがクローズアップされ、オオカミさまの「善処」の証拠を感じることができるようになっているわけですが、映画ではリオンを特別扱いしたことで、原作にあったこうした効果が消えてしまっているのは残念です。
しかし、問題はそれだけではありません。リオンにだけ特別な記憶を残すことは、リオンの孤独につながる過酷な運命になってしまいかねません。
アニメ映画『劇場版魔法少女まどか☆マギカ』の第3作『叛逆の物語』では、ただ一人、改変前の世界の記憶を持つ暁美ほむらが、その記憶故の孤独の運命を負わされていて、その孤独感を鹿目まどかに泣きながら訴える夜の公園のシーンは、全編の中でももっとも感動的なシーンです。このことについては、『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』の第三章に詳しく書いておきましたが、ひとりで記憶をかかえるという運命は、リオンにとって酷なことのように感じてしまいます。
そして、ラストシーンとその直前のシーンとの順番を入れ替えたことですが、この入れ替えで、『かがみの孤城』の「奇跡の結末」の感動シーンの余韻を減らしてしまったと思います。
『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』の第一章と第二章に書いたように、原作の2017年版の最大のポイントは、「エピローグ」で明かされる事であり、連載開始当初にはなかったアイデアによるその「衝撃のラスト」に導くための連載終了と大改作の決断こそ、傑作誕生の最大のポイントだろうと思います。そして、その「衝撃のラスト」を、映画では、ラストではなく、ひとつ繰り上げてしまって、リオンの転校シーンをラストシーンとしているわけですが、リオンの転校シーンは、「衝撃のラスト」のアイデアを得る前の作者がひとつの結末として想定していただろう方向ではあっても、「エピローグ」で明かされることになる「衝撃のラスト」ほどのインパクトのあるものではないでしょう。
17年版にもある「たとえば、夢見る時がある」で始まり「そんな奇跡が起きないことは、知っている」で終わる冒頭の文章は、映画でも、こころのナレーションとして、序盤に、中学校の教室シーンに組み込まれているが、この文章は、もともと、連載版の冒頭におかれていたもので、作者が、まだ、「衝撃のラスト」のアイデアを得る前に書いていた文章です。ここにある「奇跡」という言葉に対応する終盤のシーンと言えば、たしかにリオンの転校シーンということになるでしょうが、それは、「エピローグ」での「衝撃のラスト」ほどのインパクトを持つものではないでしょう。
協同組合日本シナリオ作家協会発行の「シナリオ」2023年1月号に掲載されている映画『かがみの孤城』のシナリオ(脚本、丸尾みほ)」を見ると、これは、かなり原作17年版に忠実で、原作17年版と同様、心の教室のシーンがラストシーンになっていて、リオンの転校シーンは、その前に置かれています。また、そこでのリオンにも、こころの姿を探して近寄ってくるといった記述はなく、リオンに城での明確な記憶が残っていることをうかがわせるような記述もありません。リオンの記憶が残っているようにしたことと、リオンの転校シーンをラストにもってきたこととは、いずれも、脚本完成後に行われた手直しによるものだったということになりますが、この「手直し」は、結果的に、『かがみの孤城』17年版の奇跡とも言うべき秀逸なラストを生かしきれないラストシーンにしてしまったように思えてなりません。そして、その「手直し」は、監督等、制作陣が、原作に残されていた冒頭の文章が連載版からひきつがれたいわば連載版の名残であるにもかかわらず『かがみの孤城』の結末につなげるべき重要な要素だと思い込んで過大に評価してしまったために起こったことのように思えてなりません。
では、この冒頭の文章が17年版の冒頭にも残されていることの意味はどこにあるのでしょうか?
17年版では、「エピローグ」の前の「閉城」の章で、オオカミさまの正体が明かされ、そして、リオン(のような少年)の転校シーンで「閉城」の章が閉じられますが、この転校シーンで、「たとえば、夢見る時がある」という冒頭の文章が繰り返され、「転校生がやって来る」、「その子は、たくさんいるクラスメートの中に私がいることに気づいて、その顔に、お日様みたいに眩しく、優しい微笑みを浮かべる」という順に繰り返された後、「そして、こう言う」と記され、一行の空白の後、「『おはよう』 彼(「水守」の名札の少年)がこころに、そう笑いかける」と締めくくられます。そして、これにより、冒頭との呼応が成立して、読者は、物語が完全に完結したという印象を与えられます。
だから、読者は、ここで、完全に油断させられてしまうのです(少なくとも、僕の場合はそうでした)。「閉城」の章のしめくくりの「フェイント」によって完全に油断させられ、まさか、それに続く「エピローグ」に最大の衝撃が待ち構えていることなど想像だにしませんでした。そして、それゆえ、「エピローグ」の衝撃は決して忘れないほど強烈なものとなったのです。
これほど衝撃的で感動的なラストを、他には知らないし、これ以上の衝撃的なラストなど、今は想像することもできません。そして、この驚きと感動は、『かがみの孤城』の命だろうし、そう思うからこそ、「読了(または映画鑑賞)までネタバレ回避を!」との呼びかけ、ネタバレ情報に触れてしまわないうちの鑑賞をおすすめする呼びかけをネットなどで繰り返しているわけです(この文章でも、「エピローグ」の内容を記すことは避けています)。
17年版『かがみの孤城』の最大のポイントは、13~14年の「asta*」連載開始時には作者が想定していなかった「エピローグ」であり、そのラストこそ「奇跡」の名に値するものだと思いますが、それに比べたら、冒頭の文章にある「奇跡」など、たいしたことではないでしょう。しかし、たいしたことはなくても、その小さい「奇跡」の実現は、物語を閉じたかのようなフェイントとしての効果は持っているわけで、オオカミさまの正体を明かすというひとつのポイントの後にその小さな「奇跡」を置くことで、そのフェイントが成立しているのだと思います(オオカミさまの正体については、連載開始時から決められていただろうと思います)。
このように考えていくと、公開された映画で、リオンの転校シーンが心の教室シーンの後になってしまっていることはとても残念なことだと思います。これでは、小さな「奇跡」にフェイントの役割を果たすことができなくなってしまい、本当の「奇跡」、つまり、作者でさえ、連載最終回まで気づけなかったと思われる「エピローグ」の衝撃と感動を弱めてしまうことになると思います。原作未読で映画を先にに見た人には、原作のラストでの衝撃と感動の体験が充分に味わえなかったのではないかと心配になってしまいます。もちろん、それでも、映画は、テレビ画面などで見るより映画館の大きなスクリーンで見るほうがはるかにインパクトが強いので、映画は、原作未読の人達にも、映画館での上映中に鑑賞することをおすすめしていましたし、実際、そうした人達は、よい体験をしたことになるとは思います。そして、何よりも、ネタバレ情報に触れてしまわないうちに、できるだけ早く『かがみの孤城』を鑑賞するために、原作未読でも映画を早く鑑賞するという選択には意義があると思います。しかし、映画が、原作や脚本の通りに、心の教室シーンをラストシーンにしていたら、もっと強いインパクトを与える傑作になっていたのではないかと思い、脚本完成後の修正は、やはり残念に思います。そして、リオンの転校シーンをラストにして小さな「奇跡」を強調しようとすればリオンの記憶を残すことにしたほうが都合がよいでしょうから、この選択は先に記したようなもうひとつの問題も生んでしまったように思えてなりません。17年版の「エピローグ」をラストの位置からはずしてしまってその余韻を味わいにくくしてしまったばかりか、リオンの転校シーンのフェイントとしての価値を損ない、さらに、記憶の問題も生じさせてしまっていると思います。
今回、脚本完成後の修正のマイナス面について書かせていただきましたが、脚本完成後の修正が成功している部分もあるので、それについても、少し、書いておきますと、光の階段の出現のタイミングや、こころが大時計の中にはいるタイミングは、脚本よりも公開された映像のほうがずっと印象深いものになっていると思います。
公開された映像では、こころが集めた×マークが大時計に吸い込まれて原作になく映画特有の見せ場になっている光の階段が出現するシーンは、「オオカミさま、願いの部屋があるのはあそこなんだね」というこころのセリフの後ですが、脚本では、こころのセリフのほうが後になっていて、これでは、こころに「願いの部屋」の場所を教えたのが光の階段であるかのように見えてしまい、6人の墓標を集めて彼らの記憶の断片を読み取ったこころが「願いの部屋」の場所を確信したことが薄れてしまうでしょう。また、公開された映像の順番にすることで、「願いの部屋」にどうやって行けばよいのだろうと視聴者が考えるタイミングで光の階段が出てくることになって、光の階段の印象が強くなっていると思います。また、脚本では、光の階段を登ったこころは、すぐに大時計の中にはいるわけではなく、外から中に手をいれて鍵を手に入れるようになっていますが、公開された映像では、光の階段が消えかかるシーンの中、光の階段を登るこころは、途中からその階段を駆け上り、一気に大時計の中にはいり、中にはいると、その空間は非常に大きくなっていて、まるで、『魔法少女まどか☆マギカ』の中の時間の魔法を使う暁美ほむらのイメージ映像のような世界が広がっているというような印象を与えるものになっていて、イメージが一気に広がるようになっています。そして、願いの部屋の扉も、オオカミさまがこころのために用意したドラえもんのどこでもドアのように出現するなど、脚本にはない工夫が加えられ、その扉を開けてアキの救出に向かうこころが光の階段を登ったときと同様に途中から走り出すというのも脚本にはなかった工夫です。そして、このこころの走る姿は、「シナリオ」23年1月号の『かがみの孤城』シナリオ掲載ページの冒頭に掲げられ、映画の23年5月から6月にかけての特別上映のさい、劇場で配布された入場者プレゼントの「フィルム風しおり」にもなっているなど、映画『かがみの孤城』を代表する絵になっているわけです。脚本完成後のこうした修正作業は成功していると思いますが、こうした光の階段や大時計の描写の変更は評価しつつ、ラストの順番については、やはり、残念なものだったと思うわけです。
原作未読で映画を先に見た方には、是非、原作をお読みいただき、そのラストの秀逸さを味わっていただきたいと思います。
さいわい、映画を先に見たという場合にも、ネタバレ情報に先に触れてしまう前に『かがみの孤城』を鑑賞できた人なら、ラスト近くの心の教室シーンで大きな驚きと感動を経験できたでしょうし、その感動の経験があれば、『かがみの孤城』は、何度でも楽しめるだろうと思います。
23年1月27日に新宿ピカデリーで行われたティーチインで、原恵一監督は、一般論として、「ネタバレが問題になるのは初回鑑賞のときだけ」というようなことをお話しになっていたと思いますが、『かがみの孤城』17年版のラストで得られる衝撃と感動の体験は稀有なもので、この衝撃的な感動の体験は一生の宝物になるのではないかと思います。
ポプラ社の『かがみの孤城』の公式ページには、かつて、「最終章、あなたは経験したことのない驚きと感動につつまれる―」というキャッチコピーが掲載されていて、僕も、このコピーに惹かれて本を購入して読んだのが最初で、実際、このときのコピーの通り、というより、予想以上でした。ここで、このときのコピーで「最終章」という言葉が使われていたことにも注目したいところです。「エピローグ」とは書かれていませんでした。それゆえ、「閉城」の章でオオカミさまの正体が明かされたとき、そこでの感動こそ最大のクライマックスだと思い込んでしまい、さらに、リオンの転校シーンで物語が完結したと感じてしまうわけで、これで、いわば、油断しているところに「エピローグ」の衝撃に襲撃されるから、「エピローグ」の衝撃の効果が絶大になるのだと思います(映画化前の時期であれば、こういうことも初読前の人にはお話ししないほうがよいのかもしれませんが、今は、これくらいの記述は『かがみの孤城』をおすすめするためにやむを得ないでしょう)。
21年発行の文庫版上巻のカバーには、「すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる」と書かれ、下巻にも「ラストには驚きと大きな感動が待つ」と書かれていますが、どちらも「エピローグ」のことを指しているのは明らかです。一方、映画のパンフレットには、オモテ面に「すべての謎が明かされたとき、想像を超える奇跡に涙があふれ出す―」というキャッチコピーが掲載され、裏面にも、「すべての謎が明らかになるとき、想像を超える奇跡が待ち受ける―」と記されていますが、これも、原作17年版の「エピローグ」で明かされる内容を指していることは明らかです。この「奇跡」は、決して、リオンの転校などという小さな「奇跡」のことではないでしょう。そして、本当の大きな奇跡を存分に味わうために、原作未読の方には、本当の「奇跡」をラストにすえた原作を、是非、お読みいただきたく、おすすめする次第です。

映画『かがみの孤城』、原作と比べると
https://note.com/kitamuramasahiro/n/ndbef5c351620

『「かがみの孤城」奇跡のラストの誕生』出版情報(彩流社のページ)
https://www.sairyusha.co.jp/book/b10025211.html


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