アキュフェーズDF-75を追試する
発売中の音元出版オーディオアクセサリー194号(2024年秋号)で、アキュフェーズのデジタル・チャンネルデバイダーDF-75を、わが家の4ウェイ・マルチアンプ・スピーカー「ホーム・タワー」で使ってみる実験を行った。
■「限界マルチ」だが結構な実力派のスピーカー
ご存じない人のために、わが「ホーム・タワー」の陣容に触れておこう。もう製作してからずいぶんになるので、残念ながらすべてのユニットが生産完了となってしまっており、このまま皆さんに追試していただけないのは心苦しいが、ご自分なりのマルチを構築なさる一助になれば幸いである。
ユニットはすべてフォステクス製で、ウーファーはFW208Nをキャビネットの前後に1発ずつマウントしている。ずいぶん小さな箱だがダブルバスレフ(DB)で、最低域は25Hz以下まで伸びている。なぜこんなに小さな箱でDBが可能になっているかというと、FW208NのQ0が0.2と極端に低いからだ。とはいってもかなり無理を押した設計なので、当初はかなりロースピードな低域がミッドハイと融け合わずに苦労したが、そこはガマンと超低域をガンガン入れまくっていたら、時間はかかったがまぁ何とか違和感を生じないところまで持っていくことがかなった。
ミッドバスは当初レギュラーユニットのFE168EΣを使っていたが、2021年に超プレミアムな作りの限定ユニットFE168SS-HPが登場したので、キャビネットを小改修の上、交換した。キャビネットは逆ホーン型といって、ユニットの後方へホーンの開口を取り付け、徐々に狭まってごく小さな開口から抜けるような構造だ。これを適切に設計すれば、-6〜12dB/octくらいで低域がアコースティックにダラ下りとなる。クロスオーバー周波数の設定など、難しい部分もあるが、ネットワーク素子いらずのハイパスフィルターになる、というわけだ。
ミッドハイはドーム型トゥイーターのFT48Dを用いる。20kHzまでしっかり伸びたトゥイーターとしては珍しく、1kHz以下まで使える驚異的なワイドレンジの持ち主なので、ここでは1〜6kHzまでを受け持たせている。
トゥイーターはフォステクス独創のRP(Regular Phase)方式を採用したFT7RPを起用する。高分子の薄膜にボイスコイルを印刷し、強い磁界へ配したもので、俗にいうプリンテッド・リボン型に属するユニットだ。現在はヘッドホン以外に採用例がなくなってしまっているが、独特の軽やかでハイスピードな持ち味は唯一無二のものと考えている。
■チャンデバと中〜高域アンプはまさに限界
「ホーム・タワー」は、以上のような構成で25Hz〜45kHzというワイドレンジを得ているのだが、雑誌でも書いた通り、これまでは当初ムック本の付録2ウェイチャンデバを2台スタックにして使い、ミッドバス〜ミッドハイとミッドハイ〜トゥイーター間を切っていた。元はといえば音楽之友社のムック「マルチアンプによるスピーカーの楽しみ倍増法」に掲載した作例ゆえ、限界廉価チャンデバを使って当たり前、という構成で使い続けていた、というわけだ。
その後、フォステクスから製品版のチャンデバEN15が登場したので交換したが、さすがに付録チャンデバよりグッと音の実体感が増したものである。今回、本稿執筆のため改めて検索してみると、何たることかEN15も生産完了となっているではないか。スタジオ用の廉価チャンデバも、ベリンガーのデジタルチャンデバDCX2496はとっくの昔になく、廉価マルチ構築の難しさを改めて噛みしめることとなった。
ウーファーのローパスには、当初ベリンガーのCX2310を使っていたが、アコースティックに落としているミッドバスと-24dB/octのCX2310との相性が非常に悪く、クロスオーバーの設定に往生した。その後、こちらも音楽之友社から「これで決まる! 本物の低音力」ムックが発売され、その付録バスチャンデバへ取り替えると、スロープ特性が-12dB/octであるせいか、実にしっくりと収まってしまった。クロスオーバーは、本当に難しいものである。
■中低域アンプだけは贅沢に
ドライブアンプは、何といってもウーファーは20cm×2発という難物だけに、駆動力の高いアキュフェーズP-4100を使う。ミッドバスはある意味最も表現力を求められる帯域だけに、アンプは出力より質が求められる。そこで同社の小型純A級アンプA-35を起用した。ミッドハイとトゥイーターはフォステクスAP15mk2を使う。同社オンラインショップで1万6,500円と廉価だが、意外と侮れない駆動力と繊細さを持つ、隠れた名品である。
そんなこんなで、少しずつの変転を経つつも「ホーム・タワー」はここ10年間、わがリファレンスの一角として頑張ってくれている。そこへ降って沸いたこのたびのアキュフェーズDF-75テストの話だ。しかも、パワーアンプまで音元出版が2台手配してくれて、オール・アキュフェーズによる布陣でテストがかなった。
インストール〜調整の詳しくは誌面をご覧になっていただきたいが、何といっても10年使った4ウェイである。ごく短時間に十分試聴へ堪える特性を出すことができた。締め切りが迫っていたので、この状態で原稿を書いて提出してしまったが、その段階ではDF-75の真髄を味わったとはとてもいえない。表面を軽く撫でたくらいのものである。
■誌面の続きを実験しよう
それからしばらくは各社の締め切りが押し寄せ、ちょっとチャンデバ道楽にうつつを抜かしている場合ではなかったのだが、少し時間ができると、何かやりたくなってくるものではないか。まして、目の前には超絶多機能のDF-75がある。これをいじくり回さずして何がオーディオマニアか、というものであろう。
■ミッドバスの低域不足は解決するか?
現在の「ホーム・タワー」で、一番の悩みはミッドバスである。もともとFE168EΣのために設計・製作した逆ホーンに、桁外れの駆動力を持つFE168SS-HPを無理やりマウントしたものだから、低域が早めに落ち始め、EΣよりも高めのクロスオーバーで受けなければ、中低域の最も必要なエネルギー感が痩せてしまうのだ。
本当は、FE168EΣも250Hzくらいまで引っ張りたかったのだが、頑張っても300Hz止まりだった。それで1kHzまで高域を欲張り、1オクターブ半と少し受け持たせていた。ところが、FE168SS-HPではとても300Hzでクロスさせられず、やむなく350Hzクロスとしていた。これでは1オクターブ半を下回り、非常に狭い帯域しか担当していないことになる。5ウェイでも1ユニットあたり2オクターブ受け持たせたいというのに、歴史的な名作限定ユニットに対する仕打ちとしては、少々可哀想過ぎる帯域設定である。
しかし、DF-75は3,101ポイントものクロスオーバー周波数を選ぶことができる。通常は-3dBでクロスさせているが、通常設定でクロス帯域のエネルギー感が不足しているなら、少しオーバーラップさせてやってエネルギー感を補うことができるのだ。これはもう実験してみるしかない。
早速、300Hzにクロスさせて音を聴きつつウーファーのクロスを少しずつ上げていってみる。-18dB/octだから、そう大幅に上げたら完全にオーバーラップしてしまい、音の濁りを生みかねないので、あくまで慎重にやっていく。
それで少しずつクロスオーバーを上げていったが、残念ながらエネルギー感を補う前に音が詰まった感じになり始めた。うむ、これは小手先でカバーできるようなエネルギー不足ではないのだろう。残念ながら、300Hzクロスは諦めざるを得ない。
こうなったら致し方ない。クロスオーバー周波数を300Hzから少しずつ上げていき、エネルギー的に満足するぎりぎりの周波数を探ろう。というわけで試していくと、何とか340Hzでつながった。ほんの10Hzではあるが、それでもSS-HPからより広い帯域を引き出すことができたので、まぁ良しとしよう。
■仮合わせのキャビが問題だった
実際のところ、ミッドバスの逆ホーン・キャビネットを作り直してやればいいのだが、あれは設計も製作も結構な難物で、つい二の足を踏んでしまっている。もう少し大きなホーンにして、その分音道を短くすれば、300Hzクロスを実現させつつほぼ同じくらいの大きさには抑えられると思うのだが、さてこの重い腰がいつ上がることだろう。
ミッドバスを作り直すなら、ウーファーも現行ユニット対応のキャビネットにしたいし、ミッドハイやトゥイーターも現行品に……、などと考えていると、思わず「まぁそのうち」などと思考停止してしまうのだ。「そのうち」は身を滅ぼす呪文ですな、ご同輩。
■スロープ特性は好みが分かれる
さぁ次は、クロスオーバーのスロープ特性を再点検しよう。現状では-18dB/octでつないでいる(ミッドバスのローカットのみ、アコースティックにある程度落ちているから-6dB/oct設定)が、何といっても-96dB/octまで対応する高品位チャンデバだ。改めて追試するにしくはない。
さすがに-6dB/octは、ミッドバスの低域がそれより急峻に落ちていることもあり、テストできなかった。まず-12dB/octを試す。やはり-18dB/octよりも若干雑味が増え、勢いはあるが品位は下がる。結局、スロープの深さはこの両者を天秤にかける営為かなぁ、などとも感じさせるところだ。
続いて-24dB/octへ設定を変える。-12dB/octでは各ユニットを逆相接続したが、こちらはもちろん同相で接続する。雑味は明らかに減り、力感を保ちつつ音の品位が上がるのだが、-18dB/octに比べると若干ながら全体の情報量が減るような気がしないでもない。いや、これは雑味が減ってそう感じているだけなのかと思い、しばらくそのまま聴き続けてみたが、やはり私の好みからすると、-18dB/octの方が音が生きいきとこちらへ飛んでくるような気がする。
-96dB/octになったら、その傾向がさらに顕著となる。雑味なく実に美しい音なのだが、何となくどことなく音に生気が欠け、何だか寂しい音に聴こえてしまうのだ。
もっとも、これは私個人の特殊事情である可能性が高い。スピーカーを作っても、よほどのことがない限り吸音材を入れずに聴くような男だ。雑味くらい少々あっても気にならず、音の勢いと生の息吹を何より求める。こんな音が好きな少数派の戯言と、ご寛恕いただけると幸いだ。
■ディレイ・コンペンセーターの衝撃!
-12dB/octではクロスを逆相で、-24dB/octでは同相で接続したが、実のところ-18dB/octくらいから上は、位相がそう気にならなくなってくる。-18dB/octは位相が90度回るから、同相/逆相の設定が微妙なところで、そんな時に役立つのが、フィルター通過時の時間軸のズレを自動補正してくれるディレイ・コンペンセーターなのだが、今のところあまり必要を感じていない、というのが正直なところだ。
それでもせっかく装備されているのだ。テストしないという手はない。特にアキュフェーズのデジタルチャンデバは非常に洗練された操作系で、ほとんど直感的に扱うことができるから、さほどの手間もかからない。
特にわが「ホーム・タワー」は、各ユニットの発音位置をそろえるリニアフェーズ配置にしてあるので、こういうスピーカーにディレイ・コンペンセーターは理想的な働きを示してくれるはずである。
全chをOFFにしていたディレイ・コンペンセーターをONにすると、もう激変である。声に少し残っていたキツさがサラリとほぐれ、音場が2回りは広く、深くなる。これほど大きな差があるなら、最初から試しておけばよかったと、雑誌原稿へ反映させられなかったわが身を恥じるばかりだ。
「限界マルチアンプ」からDF-75にスイッチした瞬間も、「一体何が起こったんだ!?」という衝撃に襲われたが、本機は全く調整が進めば進むほど、新たな地平のそのまた先を見せてくれるから油断がならない。望むらくは、オーディオアクセサリーの当該記事を読んで興味を持った読者の1人でも多く、このnoteにたどり着いてくれますように。
■借り物でここまで昇っちゃったものの……
ここまで実験し、はたと困ったのは、このDF-75とP-4600、A-48が間もなくわが家から去っていってしまうことである。今更「限界マルチ」へ戻れるのか。いや、戻ることは簡単にしても、私はそのスイッチを入れる気になるのか。アンプは諦めて業務用の廉価大出力品を探しても、少なくとも出力面では何とかなるかもしれないが、チャンデバはもう絶望だ。誌面でも書いたが、長い目で改善に相これ務める他なかろう。とはいっても平均余命にしてあと20年と少し、命あるうちに今ほどの理想が実現するかどうか。
まぁ実現しなければ仕方ない。どなたか私の次の世代の人が、雑誌とこの記事を読んで大規模マルチへと進んでもらったとすれば、私の役割はそれで完結する。このnote読者においでかどうか分からないが、そこのお若い人、マルチアンプへ進んでみられるのはいかがかな。最初は難しいけれど、一生遊べる道楽になることは保証しますよ。