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コーヒーノキ to Nepal

本屋さんを始めることになり、とにかく手当たり次第本屋さんを訪れていた。
今までも週一回以上は本屋さんへ行っていたのだが、もちろん読者として、ただ好きで足を運んでいただけだった。
今では入店した際の店員さんの雰囲気や本の配置、什器のデザインや高さ、店内の動線など、とにかく多くの学びがあるので、何度も訪れた本屋でも新しい発見がある。
これは一読者としても嬉しい変化であり、本屋さんそれぞれの愛というか、こだわりを感じることができ、勉強としてだけでなく、本屋さんへいくことが純粋により楽しくなってしまっているのだ。

広島の原爆ドームのほど近くにREADAN DEATという本とうつわの店がある。
私はREADAN DEATの店主・清政さんの取材記事を読んで、とにかく一度行ってみたい、お会いしたいと強く思い、福岡から片道三時間車を走らせてお伺いした。
この時の話はとにかく幸せなもので、書いているとキリがないため今回は省略させていただくが、清政さんは本当に温かく柔らかい方で、本屋として貴重な助言をたくさんいただいた。
そんな中、清政さんから「MOUNT COFFEEという広島の珈琲屋さんが面白い本を福岡のアートブックフェアに持っていくので是非行ってみてください」と仰っていただき、もともとふらっと参加する予定だったイベントに、新たな目的が刻まれた。

Fukuoka Art Book Fair当日。
MOUNT COFFEEさんのブースへ向かうと、なんとすでに大盛況。
順番が来て「READAN DEATの清政さんにご紹介いただいて…」と経緯を話すと驚きと喜びを同時に浮かべてくださったこの方がMOUNT COFFEEの店主・山本さんだった。
大きく柔らかい笑顔で噂の本「コーヒーノキ to Nepal」を紹介していただいたのだが、今まで見たことがないようなデザインで造られていて、手に取るだけでワクワクが止まらなかった。

コーヒーノキ to Nepal

文章や写真が載った何枚もの紙を重ね、中央で半分にすることで造られた中身の部分が二つ透明のゴムで留められていて、帯サイズの厚紙が表紙となりそれらを覆っている。
その厚紙の背表紙の部分には青の差し色が可愛らしいゴムが付属しており、それで全体が開かないように留めることができる。

表紙に捺されたスタンプも個体差があり、どれもクオリティが高いにも関わらず、手で作られた温かさがあった。
中には店主の山本さんが実際にネパールのコーヒー農園を訪れた旅の記録が書かれているという。
私は「コーヒーノキ to Nepal」と合わせてネパールのコーヒーとコーヒー染めで作られたオリジナルの巾着袋を購入した。

コーヒーノキには、山本さんがネパールへ行こうと思ったきっかけから、ネパールの旅の道中、ネパールのコーヒー農家さんたちが見ている景色、そしてネパールのコーヒーを日本に伝えるために活動されている旅に同行された海ノ向こうコーヒーの方々の想い、それらをロードムービーのような感覚で読むことができる。
カトマンズの統制されていない街の中で生まれた秩序と熱気、4WDで道なき道を進む迫力、ようやく辿り着いた村での歓迎など、全てが遠いはずなのに、私の近くにそれらがあった。

読んでいると、どうしようもなくネパールのコーヒーが飲みたくなり、本と共に買っていたドリップバッグをカップにセットする。

お湯を入れると台所の磨りガラスから入る柔らかい光が立ち昇る湯気を細くなびかせた。
香りは立体的に部屋へ広がり、狭いリビングに充満する。
確かなコーヒーとしての深さがありながらも、するりと鼻腔から身体に染み渡る軽さも感じる香りだ。
コーヒーに疎い私はすぐに安心する。
味の個性が豊かなものは馴染みがなく、得意でもないのだ。
ネパールのコーヒーと知って、勝手に独特な風味を想像していたのだが、馴染みがありつつ軽やかだった。

一口飲もうとコップを口元に寄せる。
鼻が慣れたせいか先ほどまで漂っていた香りは存在感を薄め、鼻梁を優しく撫でるような、やさしい香りだった。
温まったカップを唇につけ、コーヒーを口腔へちろりと流しこむ。
「おっ」とカップを僅かに離し、もう一度香りを嗅ぐ。
再び同じ動作でその豊かな液体を口に含む。
それは口当たりをほとんど感じさせないほどの滑らかさで口腔へ侵入し、喉仏を鳴らすあたりで、先ほど部屋に満ちていた香りが口蓋垂から鼻を通り、コーヒーの実感を確かなものにさせる。
苦味や酸味は存在せず、コーヒーという存在をそのまま書き写したような純粋無垢な味わいだった。
後味も引けを取らず、襟元に香水を軽くつけたときのように、時折ふわりと残香を感じてうれしくなる。
これがMOUNT COFFEEの、そしてネパールのコーヒーなのか。
恐縮ではあるが、いままでコーヒーに対して愛着はあまりなかった。
しかし、このコーヒーが先程まで私の目の前に広がっていたネパールの山奥の農園で作られ、厳正な手順や様々な課題を潜り抜けて、日本に輸入されてきていると知った今、どうしようもなく愛着が湧いてくる。
海ノ向こうコーヒーのホームページにこういう言葉が掲載されている。
「コーヒーカップの向こう側、
遠く海の向こうにある産地に
想いを馳せてみてほしい。
美しい自然、そこに住む人たちの暮らし、
そしてその未来。」
コーヒーノキという本を通して、私は訪れたこともない、さして興味もなかったネパールへこれほどまでに想いを馳せている。
そして、これほどまでにコーヒーは面白いのか!と新しい自分とも出会わせてくれた。
この本が新たなコーヒー好きを作るだけでなく、産地への感謝や想いという意識のきっかけも与えるものになることはいうまでもない。
私にとって、一杯のコーヒーの価値が大きく変わった本だった。

コーヒーを作っている人に会ってみたい。コーヒーを選んでくれるお客さんに、産地のことを知ってもらいたい。そして、コーヒーを作ってくれている人に、お客さんの「おいしかったよ」という声を届けたい。これは、今のネパールにあるコーヒーの物語と、旅のあいだ、通りすぎる街並みの中で触れた暮らしの記録。世界中に息づく無数のコーヒーの、これもまたひとつの物語。
ー本文より

ARBOR BOOKSでも取り扱わせていただきます、お楽しみに。

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