パスポートと未来人

「本当にいま2023年ですか!?」
私の一つ前でパスポートの申請書類を提出している女性がボリュームを制御することすら忘れ、そう声をあげていた。
くすみピンクのゆるやかなニットに細身のジーンズ、肩あたりで外に跳ねる短めの茶髪は現代人にしか見えず、時空旅行者ではなさそうだった。

マスク越しでも当惑を浮かべる受付の女性は「え、と。令和5年の2023年で合ってるかと…」と宣告する。
そのやり取りの一部始終を一つ後ろの順番で待っている私はドラマを見ているようだった。
耳を少しだけ前に傾けて話を聞いていると、その女性は書類になんの疑いも持たず2024年と書いたらしい。
その事実に面食らったし、バレないように笑ってしまった。
令和だの西暦だの数字が毎日入れ替わる日々で、あれ何年だったっけ、とGoogleに「今 何年」と検索することがある私からしたら、近しいものはあるのだけど。
それにしても今は10月末であり、令和5年にも2023年にもすっかり慣れてしまっている。
にも関わらず、目の前にいる若い女性は幾度となくやってくる日付を確認や記載する瞬間を掻い潜り、今もなお2024年を疑っていなかったのだ。
天文学的な確率を生き抜いてきたのか、はたまた本当に未来からやってきたのか。
真偽は不明だが、彼女の誠実なリアクションは見事に周りの人の注目を集めていた。
2024年を生きていた女性はこのまごうことなき事実にどういう感情になっただろうか。
快活そうな声をあげていたし、1年も若返った!ラッキー!とでも思っているのかもしれない。

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