結婚式を終え、寝落ちして目が覚めた夜の隙間に

今日、ハワイの教会で結婚式を挙げた。
妻とは中学2年生の頃に付き合い始め、13年ほどの交際期間を経て、2023年に入籍した。
入籍してから本日までの1年強の期間は常に「結婚式が待っている」人間であり、それは決して幸せな作用だけではなかった。
何か後ろめたさがあるとか、他の女性に心が揺らいでいるという意味ではなく、ただ文字通りに「結婚式が待っている」という枕言葉が自動的に付き纏ってしまうという意味ではあるけれど、これは感覚的なところなので伝えることが難しい。
式にかかる費用や貯金という純粋なストレスももちろんあった。
閑話休題。
妻は昔、ハワイで結婚式をしたいと語っていたのだが、大人になって様々な配慮をできるようになってしまった妻はハワイでどうしても式を挙げたいとは言わなくなっていた。
愛猫家で飼っている2匹の猫の存在も後押しし、長期間海外へ行くことなど論外という思想になっていた。
しかし、常に尻に敷かれている僕もこればかりは妻が望む最善ではなく、妻が夢見た最高の式を挙げないといけないという使命感に駆られた。
なにせ僕は「ハワイで結婚式をしたい」と口から漏れるほどに夢見たかつての妻のことも、今この瞬間に隣で寝息を立てている妻のことも、時間軸を超えて平等に愛してしまっている。
そして妻の夢が叶う日がスケジュールに書かれてからは現実と夢との境を何度も何度も行き来することになった。
15分程度の身内だけの式でこの金額。当たり前だがドレスやタキシードにも日常で使うことがないくらいの費用が掛かる。
打ち合わせのたびに、現実という数字を目だけで0の数を数えることが得意になる程には見た。
それらを前にすると、いとも簡単に思考は揺れ、マイナス軸に傾いてばかりだった。
原動力が「妻の夢を叶えたい」でなければ平気で折れていただろう。
それからあれよあれよと日々は過ぎ、ホノルルに降り立って2日目の今日。
朝一番からダイヤモンドヘッドを登頂してすでに疲れ果てた僕たちのホテルの部屋にヘアメイクの方が訪れ、全ての支度を終えて送迎のリムジンに乗り込んだ。
教会へ向かう道中、妻に「夢が叶うけど、どんな気持ち?」と聞いてみると途轍もなく笑顔を弾けさせ、「ついにはじまるねっ!」と答えた。
字面で見るとなんとも心許ないのだけど、あの瞬間の妻のエネルギーは光そのものだった。
人を見て眩しいと思うことが現実世界であり得るのだと驚いたほどに、人間という存在が恒星に負けないほどの輝きを放っていた。
その初めての経験の相手が妻で良かったという感情がつま先から全身を駆け巡るほどに湧き上がった。
教会では本当に簡単で賑やかなリハーサルを行い、「え、もう?」と口から出そうになるほどの流れの中で本番が始まった。
親族一同がすでに仲が良いこともあり、このリハーサルで和気藹々という色がついた空気の中で泣くことは絶対にないなと思っていた。
義母がベールダウンをし、強面な義父と妻がバージンロードを歩いてくる。義父は陽気でよく空気を和ませる行動をしてくれるので、リハーサルの際は長年の柔道指導者として培った握力で僕の右手を捻り潰してくれたのだが、本番では初めて見る表情で握手を交わした。
妻の手を受け取り、牧師さんの話を聞いて祭壇を上がり、2人で向き合う。
改めて手を握り合い、宣誓の言葉を僕が告げる。
絶対に目を離さないと決め、妻の目の奥を見つめていると、妻の唇が痙攣し始めた。
溢れそうになる涙を必死に必死に堪えていた。
親族席からは洟を啜る音が続き、全てが一同に僕の涙腺を叩く。
ただ、先日妻と見た映画ハイキューで月島が活躍する度に簡単に号泣してしまい、五月蝿いと妻に怒られるほど涙腺がゆるい僕でも今ではないと思い耐えに耐えた。
誓いのキスをし、内回りで振り向くと、みんなが泣いていた。
実は妻の両親の親友家族も共にハワイに来ていたのだが、そのお父さんが一番泣いていた。これは夜のバーでの最高の笑い話になった。
時間にすると15分くらいの、僕たちの人生においての一瞬を共有しただけなのだが、本当の意味で妻と妻の両親、弟と家族になるという実感がこれほどかというほどに湧いた。
僕らにおいてこの時間は必然であり、不可欠なものだったのだと確信するほどに、強烈な経験だった。
結婚式の後、ウルフギャングでステーキをたらふく食べ、海辺のバーで散々飲んで部屋に着いた瞬間2人して寝落ちしてしまい、たまたま目が覚めた僕は、入念に固めたヘアセットのままでいる妻を起こしてシャワーに行かせるか悩みながらこの気持ちをメモしている。
長い間付き合ってきた僕らに必要な一区切りを終え、リムジンで妻が言った「はじまるねっ!」が僕の心でもついにはじまった。
僕も妻と同様に光になれただろうか。
星を見ることが好きでカメラを始めた僕でさえ、今日の妻よりも輝く恒星の名前を知らない。
その恒星が立てる寝息とクーラーの音が占める部屋で、僕はスマホのバックライトに目を細めながらここに気持ちを記録する。


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