街は人いきれの雨で(3) ~秋山柑菜~

 大体、組むって一体何をするのだろう。二人で音楽活動をやっている未来が全く見えてこない。柑菜には見えているのだろうか?それとも何も考えずに即決したのだろうか?まだ相手のことで知らないことが多すぎる。

「大体、二人で活動するって言っても何をする・・・んですか?」

 柑菜に話しかけようとしたのに、結局明莉さんに向けて言葉を発していた。
 なんと言われるのか分からない人に話しかけるのは勇気がいるのである。

「そう言うと思った。そういった宮沢一さんのような決められない現代っ子のために、具体的な目標を用意しました。」

 といいながら、明莉さんは店の隅に並べてあった一枚のポスターを取った。地元の催しのものについて書かれている。そういえば、さっき神社でも同じものが貼ってあったのを見た。

「えぇー、もしかして例大祭の音楽ステージですか。」
「そう、あの弁天社がある八幡宮は毎年八月に例大祭っていう、要するに大きなお祭りがあるの。そこで、ここ数年は若手バンドが演奏するのが恒例になってるの。まぁ、二人は若手かと言われると微妙だけど。ほら、お笑い芸人なら四十代でも若手って言われれるし大丈夫でしょ。どう、出てみない?」

 思いのほか具体的な提案が出てきた。だが、疑問もある。

「・・・なんで明莉さんがそれを決める権限を持ってるんですか?」
「いいじゃないですか!出たいです!」

 俺の言葉を遮って柑菜が食い気味に話に割って入ってきた。

「さすが、柑菜は話が早くて助かるねえ。ギャラも学園祭に出るのと同じくらいは出るのよ。仕事として考えても、悪い話じゃないと思う。」
「最高じゃないですか!出ます!」

 俺も横で分かったような顔で聞いているが、学園祭のギャラ相場を知らない。どうしようか考えていると、遂に会話が回ってきてしまった。

「で、ハジメくんはどう?」

 想像してみた。お祭りならば周りはほぼ全員酔っ払い。それに、お客さんは子供からお年寄りまでいて、誰をターゲットにすればいいのかも分からない。PAだって広いあの神社で、ちゃんとセッティングできるとは思えない。それに正直、全く無名の人間の曲を誰が聞いてくれるんだろうか?時折ネットで見る、有名アイドルが無名時代に行ったショッピングモールでのライブ映像が頭に浮かんだ。大多数の人たちが目にも留めることなく通り過ぎていく。何人かの人は聞いているが、その人たちが音楽を聴いているかというと・・・

「またやらない理由を考えてる?」

 俺が言葉に詰まっていると明莉さんが口を開いた。

「どうやって断ろうか、顔にそう書いてある。もしここで、小さなライブハウスの枠あげても、大きなロックフェスのステージ権あげても、結局はおんなじ顔するんでしょ。第一、そうやってうだうだやって貴重な二十台の前半を棒に振ってるんだから、これ以上失う物はないんじゃないの?」

 確かにそうだ。小さなライブハウスの対バンを組まれたら「既に固定ファンが付いている相手のファンしか来ず、自分の番で盛り上がるとは思えない」といい、大きな箱を提案されたら「まだそんな段階にはない。もっと有名にならないとキャパを埋められるとは思えない」と考えるだろう。
 二十代を棒に振ったとは大変失礼な言い方だが、あながち間違いでもなかった。これから何回失敗する機会を与えてもらえるんだろう。そう考えると、結論は一つになる。

「分かりました。考えてみます。」
「おー、珍しく前向きな言葉が出たね。じゃあ、今月中・・・といってもあと二日しかないけど、それまでに回答をちょうだい。」
 と言って明莉さんは口角を上げた。あれ?もしかして、これを呑ませるために俺と秋山柑菜を組ませたのだろうか。だとすると、とんでもない地雷イベントなのかもしれない。いや、ほぼ間違いなくそうなのではないか。あまり明莉さんの口車に乗せられるのもよくないぞ。  
 横で柑菜は「え、この場で了解しないの?何様⁉何様⁉」と言っていたが、無視した。彼女にはもっと物事を慎重に考える癖をつけてもらう必要がありそうだ。そうでないと、無限にイベントの出演依頼を引き受けてきそうな勢いだ。一緒に振り回されると俺の身が持たない。
「じゃあ、ごちそうさまでした。今日はこの辺で。」
 このままこの空間にいると状況に流されそうな気がするので、一旦、家に戻ってからどうするか考えよう。そう思いながら立ち上がると、柑菜も「じゃあ、私も。」と立ち上がった。

 店を出ると、濡れたアスファルトの香りに混ざって、朝の目覚めかけた街の香りがした。まだ人の空気に塗りつぶされていない香り。その正体は改装工事中のカフェからする塗装剤の匂いだったり、古着屋の店先に置いてある淡いアロマの香りだったりで、自然とはほど遠い。でも、その香りが俺はとても好きだった。

「ねえ、今からちょっとだけ時間ある?」
「え、あ、何か言った?」
 後ろを歩く柑菜の存在を忘れかけていた。喋っていると全身から存在感を放つが、本人自体は希薄な存在なのかもしれない。もしくは俺がひどい奴なのか。
「さっきの話の続きをしない?」
「イベントの話?ええと、時間は大丈夫だけど。」
 クロワッサン屋に居たときにまとめて話せや。
「私これから駅に行かなきゃいけないから、じゃあそこで。」
 そう言うと柑菜と俺は駅方面まで歩き始めた。

 道中、二言三言の言葉を交わした。柑菜の名字をそこで聞いた。秋山と言うらしい。・・・次に会ったときまで覚えていられるか分からない平凡な名字だった。ただ、とても似合うとは思った。それの感覚だけは覚えている。