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研修医指導の際の心構え.06「論理の綻びを見つける」

救急外来診療中は、研修医たちからのプレゼンテーションを1日で何十回も聞くことになる。
自分で直接患者から情報を得ているわけではないので、研修医のプレゼン情報に基づいて判断を下さなければならない。
研修医が得た情報の発信源の信頼性を考慮する必要もある。

研修医がこのようなプレゼンテーションをしてきた。

30歳の女性で主訴は腹痛です。
前日の夕方から腹痛が緩徐に発症しました。痛みには波があり、嘔吐と下痢を伴っております。
生もの摂取歴はなく、シックコンタクトもありません。
アレルギー、既往歴はなく、内服薬もありません。バイタルサインは血圧98/50、脈拍数106回、呼吸数24回、SpO2:98%、体温38.6℃です。
身体所見ですが、腹部は平坦・軟で、腸蠕動音亢進しています。腹部全体に圧痛を認めますが、タッピングペインや筋性防御は認めませんでした。腹部以外に異常所見は認めませんでした。
腹部エコーでは胆嚢腫大・壁肥厚なく、水腎もなし、IVCは呼吸性変動があって虚脱気味でした。腸管拡張もなく、腹水もありませんでした。
アセスメントですが、鑑別として怖いものとしては消化管穿孔、女性なので異所性妊娠や卵巣捻転は外せない鑑別です。急性虫垂炎や腎盂腎炎も胃腸炎症状をきたすと聞いたことがあるので鑑別に入れておきたいと思います。プランですが、ルート採血し、IVC虚脱していて脱水がありそうなので補液も行います。他には尿検査も提出し、尿路感染と妊娠の有無を確認します。消化管や婦人科疾患鑑別のため、腎機能を確認して造影CTまで行いたいと思います。

これで約1分ほどのプレゼンテーションである。
さて、指導医として研修医のプランにゴーサインを出せるだろうか。

私の答えは「否」である。
なぜなら、アセスメント&プランまでの流れが論理的ではないからだ。

病歴や身体所見を無視した鑑別診断をあげてくることがよくある。
今回のプレゼンテーションで挙げられた鑑別を考えてみる。

消化管穿孔
→既往歴のない30歳女性は何が原因で消化管穿孔をするのだろうか。あり得るとすれば消化性潰瘍やNSAIDs潰瘍を背景とした上部の穿孔か、虫垂炎の穿孔くらいだろう。腹部全体の痛みが穿孔による腹膜炎なのであれば、かなり病状が進行しているということだ。ただ、食事と症状の関連や、市販の鎮痛薬の使用に関しても聴取していない、ましてや腹膜炎を示唆する身体所見もない。消化管穿孔が絶対にあり得ないと言っているわけではないが、研修医が得た病歴と身体所見からは消化管穿孔は鑑別の上位には挙がらないはずだ。
他の鑑別診断も同様に考えていく。

急性虫垂炎
→虫垂炎に典型的な病歴を得ていない。痛みの部位の変化や、腹痛・嘔吐・下痢が出現した順序、McBurney点の圧痛、psoas/obturator signの有無も見ていない。全てのケースが典型的な経過を辿るわけではないが、それは典型的な病歴や身体所見を確認しなくていい理由にはならない。

異所性妊娠、卵巣捻転
→妊娠可能年齢の女性で妊娠関連の疾患を疑うのは定石である。ただ、月経歴や妊娠可能性、婦人科受診歴などの病歴がない。病歴聴取の段階で、性交渉が全くない(誤魔化されている可能性はある)、出産直後でまだ月経は来ていないのであれば、妊娠関連疾患はやはり鑑別の上位に挙げるべきではない。婦人科健診で卵巣腫瘍や嚢腫の指摘もなく正常所見だったのなら、卵巣捻転の可能性はかなり低くなる。しかも、腹部エコーで腫瘤病変を認めていないのならなおさらである。研修医のエコーの技量によって、描出できていないだけかもしれないため、それは考慮しておく必要がある。

腎盂腎炎
→胃腸炎と誤診されることがあることを知っていたことはよく勉強している証拠なので、そこは評価する。しかし、頻尿・残尿感・排尿時痛などの病歴がない。腎盂腎炎であれば突然悪寒・戦慄をきたすこともあるが、シバリングの有無も聞いていない。

プランに関してはどうだろうか。
もし、先に挙げた鑑別診断をよりはっきりさせたいのなら、そのプランで良いだろう。
ただ、この時点の情報からは挙げられた鑑別診断の中で、腎盂腎炎に関しては事前確率を見積もることはできないし、他の疾患に関しては事前確率は低いと言わざるを得ない。

そこで、このような問いかけをしてみる。

自「今挙げた鑑別診断は、先生の中でどれくらいあり得そうだと思ってる?」
研「正直、あまり疑ってはいないです。見逃すと危ない疾患は挙げなきゃと思って挙げました。」
自「確かに挙げてくれたものは大切な疾患ばかりだね。でも、危ない疾患って、それだけではないよね?その中でさっきの診断を上位に挙げた理由はなにかある?」
研「いや、特にないです。。思いついたものを挙げてしまっただけです。」
自「率直に、先生はこの患者さんは何っぽいと思ってるの?」
研「急性胃腸炎かと思うのですが、胃腸炎はゴミ箱診断だから研修医のうちは胃腸炎と診断してはいけないと以前に言われたことがあったので…」
自「確かに胃腸炎は誤診の宝庫だから、その考え自体は良いと思うよ。ただ、胃腸炎はコモンな疾患だから、きちんと診断してあげることも大切だよ。それがきちんとできれば検査そのものが不要になってくるかもしれないね。そうなると、この患者さんは今の時点で胃腸炎と診断して帰宅させてもよさそうかな?」
研「いや、他の疾患もまだ詰めきれていませんし、胃腸炎らしさの情報も不足しているのでこの時点ではまだ診断できません」
自「そうだね。じゃぁもう少しそこの病歴と診察を追加してみようか。患者さんがあまりにも辛そうだったり、点滴が必要そうならやってもいいからね。その間に情報収集してディスポジションを決めようか」

自分で得た情報をうまく処理できず、自分が挙げた鑑別が腑に落ちていなかったように思う。
問いかけを繰り返すことで、研修医自身に問題点に気づいてもらう。すぐにできるわけではないのでトレーニングが必要だ。

私が「デキレジ」と感じるのは、知識が豊富だったり、仕事をテキパキこなすことができる研修医ではなく、自己矛盾のないアセスメント&プランをプレゼンテーションしてくれる研修医だ。

診断を下すということは、大学入試の数学で散々やらされた証明問題を解くことと似た感覚がある。決定的に違うことは、「この患者の診断は〇〇である、ということを証明しなさい」というようなことがない点だ。証明すべき命題そのものを自分自身で自己矛盾なく導き出す必要がある。

研修医のプレゼンテーションを聞くということは、こういうことなのだと思う。

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