59 離婚を突きつけた側、突きつけられた側
翌朝、まずはLINEで夫に連絡を入れた。
「昨日、Zさんに会ってきました。その件で電話したいので電話できる時間を教えてください」
「分かりました。お昼なら大丈夫です」とすぐに返事がきた。
何があったのか、なんでZの名前が出たのかも質問されない。Zから全てを聞いたのかの判断はつかないまま昼がやってきた。
「昨日、Zさんに会いに行きました。私は全てを知っています。もうあなたとは暮らせないので離婚します」
「分かりました」
暗い声で、反論も反発もない返事。
まるでそれは悪事を働いた指名手配犯が、長年の逃亡の果てに素直にお縄につくようだった。
わたしにはそれが余計に虚しかった。
子どもたちと暮らせなくなるというのに反論も反発もせずに、いとも簡単に離婚に同意したのは、やはりこの家庭に未練はないのだと悟った。
「あなたの帰る家はありません。出張から帰宅後はいつものようにZさんのお宅に泊まるつもりでしょうけど、離婚成立までは一切の連絡を取らないでください。もしも連絡を取った場合、Zさんにペナルティが生じます。そのような合意書を交わしました。Zさんに迷惑をかけたくないなら従ってください。」
「はい、分かりました」
わたしは慰謝料のことは一切触れずに、接触禁止の事項だけ伝えた。
消え入るような低い声で最低限のことしか答えない。
いつから知っていたのか、なんでそうなったのか。普通の人間なら疑問に思うこと聞きたいこと、反論や焦り、怒りなどそういうものが一切欠如した受け答え。
秘密が多すぎてどれを知られているのか、どの立ち位置で話せばいいのか、分からなくなっていたのだろう。