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#2 ニャッホが動き、しゃべり、成長した

 今回はニャッホというキャラクターのデザインができてから今に至るまでにあったことをご紹介しようと思います。
※退職に伴い、協議の結果内容を一部改訂しています。ご了承ください。

キャラクターデザインはどのように進めたか

#1で紹介したように 、「にゃんこ画伯」としてスタートした画家猫のキャラクターをどのような姿にするかをチーム内で議論しました。個性を出すために早い段階で実在の画家をモデルにしようとなりました。
 著名な西洋画家の名前が上がりましたが、生涯で1枚しか絵が売れなかったという逸話から、私たちが考えていた貧乏な画家というキャラクター像にぴったりだと考え、フィンセント・ファン・ゴッホをモデルにデザインを進めることになりました。比較的すんなりとゴッホに落ち着いたのは、ゴッホという画家の持つ独特なカリスマ性かもしれません。

 キャラクターデザインと言いながらもそこには世界観(文化や時代設定・全体的な色彩トーン・デフォルメのバランス)が密接に関係してきます。
 なので、デザインは平面的な表現〜立体的な表現など色々と試しながら、並行して世界観・キャラクター設定・ストーリーの方向性を脚本家の船橋さん、デザイナーの諸岡さん、私の三人で決めていきました。
 ニャッホの世界観とストーリーは以下のようになっています。

<時代背景>
19世紀末〜20世紀初頭のパリ。
<文化的な逸脱の許容>
著しく世界観が壊れない限りは文明などは時代に縛られる必要はない。あくまでもプレイヤーへの伝わりやすさを重視する。
<色彩トーン>
レトロで落ち着いた雰囲気を出すため、ちょっと暗めでハイライトなども抑えめ。
<ストーリーの雰囲気>
基本路線はコミカルで1話はショート。説明は少なくし、場面描写をキャラ同士の掛け合いで表現していく。
<方向性>
ニャッホが様々な逆境に立ち向かいながら成長していく姿を描く。周りのキャラたちはクズだが、ニャッホと出会って変わっていく。
<史実ネタ>
キャラの関係やエピソードは史実ネタも織り交ぜる。元々美術に詳しい人にはニヤリとするネタを、ニャッホから美術に興味を持った人は調べていくと美術が身近に感じられるようにしたい。
<登場キャラクター>
基本的には実在の人物が中心。実在の人物と擬猫化されたものを見比べて楽しめるように。

絶妙なタッグによって生まれた完成度

 ニャッホの世界観作りに関しては、諸岡さんと船橋さんと私という三人のタッグが予想以上にうまくハマったという印象があります。

 船橋さんは19世紀頃の西洋美術に関する本を数多く読んで勉強し、画家たちの史実と彼らが繰り広げたとんでもないエピソードをアレンジしたニャッホワールドを短い時間で作り上げてくれました(今は西洋画家と美術に造詣の深い脚本家の一人になっている気がします)。
 あの時代の画家たちは今では考えられないような私生活を送っていたようで、借金は当たり前、複数の愛人がいたり、自らの創作のために家族を蔑ろにしたり、援助してくれてるパトロンの奥さんを寝とったりと、作品は素晴らしいのに人としての道徳が疑われる人ばかりです。
 そういったエピソードを元にしつつもなんだか許してしまうキャラクターに仕上がったのは、船橋さんのテクニックと猫という緩衝要素のおかげでしょうか。

 そういったキャラクター設定を元に諸岡さんがキャラクターデザインを行いました。彼女の素晴らしいところは、モデルとなる画家について書籍やインターネットで調べて「実在の画家 × 猫 × 個性を出す」という難しい作業を難なくやってしまうところでした(もちろん本人にとってはめちゃくちゃ大変だったようですが…)。
 実在の画家の肖像と擬猫化された姿を見比べてみてください。ついつい唸らされるキャラクターばかりです。なんとホクサイに至っては、葛飾北斎が描いた浮世絵の猫がモチーフになっています。そういったユーモアもまたニャッホの登場キャラクターの不思議な魅力に繋がっているのでしょう。

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 プロデューサーである私の役目は、二人が形にしてくれたキャラクターたちに命を吹き込み、魅力的なものとして世の中に発信していくことでした。クリエイティブな部分の話に絞りますが、アプリとしての企画を進める傍ら、アニメーターの廣井晋作さんと一緒にニャッホらしい動き方を作っていったり、ニャッホの声をどうするかといったことを決めていきました。
 プロデューサーとして仕事をするなんて初めてのことですし、どういう動き方が良いかなんてわからないので、とにかく無我夢中で自分たちのプロジェクトを世に出して恥ずかしくないと言える状態にしていくためにできること全てに関わりました。形状・色彩・動きといった分かりやすいこだわりから、キャラ名の英語表記・BGMやボイスの微調整のようななんでこんなことを気にするんだろうというこだわりまで、メンバーには色々と細かくておかしなお願いをしたなぁと思います。

キャラクターが動いた日

 登場キャラに動きをつけるにあたっては、廣井さんと相談して二つのコンセプトを重視して制作してもらいました。
1. レトロな手作り感の雰囲気を出すために登場キャラの動きはあえてスムーズにしない。チェコアニメのように少しカクカクした動きにする。
2. コミカルさは大事な要素なので、感情表現などは大げさにつける。きゅんとさせるような動きではなく、クスッと笑えるような動きにする。

 ニャッホが初めて画面上で動いた時のことは忘れられません。昼食後、隣の席に座っていた廣井さんから「ニャッホの動きが出来たよ」と言われ、彼のモニターを覗き込むとこれまでイラストでしかなかったニャッホが動いているではありませんか。
 動きといってもただ部屋の中を歩いているだけでしたが、のっそりとしたスピード、くたびれた感じの動作がまさに思い描いていた通りのニャッホだったのです。他のメンバーも集まって、しばらくの間くたびれた中年猫の動きに釘付けでした。あの瞬間から私たちのチームはニャッホのファンになってしまったのかもしれません。

なぜニャッホにクマがあるのか

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 ニャッホのキャラクターデザインで目を引くのが目の下のクマですが、初期のデザインにはクマがありません。クマが加わったのは、ニャッホが動いた後でした。くたびれた中年の猫画家らしくのっそりとした動きをしているものの、何か足りないなーと諸岡さんは感じていたようです。
 そんなある日、廣井さんが疲れた顔で出社してきました。前の晩、遅くまで飲んでいたらしくとっても眠そう。そんな廣井さんの顔を見て諸岡さんがピンと来たそうです。その日、ニャッホのデザインには目の下にクマが付け足されていました。
 キャラクターに個性を与える細やかな設定って意外とこういった身近な人からヒントを得ているっていうのは本当ですね。

声というキャラクター

 「猫のニャッホ」で声優さんと初めて一緒に仕事をしてみて気づいたことがある。当たり前だと馬鹿にされるかもしれないが、声がキャラクターに与える影響の大きさだ。声が加わることによって私たち制作陣すらも予想していなかったキャラクターの魅力が引き出されることを知った。
 ニャッホのアフレコ時の収録ボイスを聴いて正直その声が合うのかどうか自信が持てなかったが、会社に戻ってゲーム内のキャラ劇に組み込んでみて鳥肌が立ったことをよく覚えている。動きや動作でくたびれた中年猫には見えていたが、声が加わったことでニャッホの存在感が際立ったのである。
 ちなみにニャッホの声の収録は普通のアフレコとは異なる特殊なやり方をとっている。声優さんの前に用意されるのは登場キャラの説明と表情がずらっと並んだプリントのみ。毎回必ず声優さんが驚かれるので、普通のやり方ではないのだろう。
 一切のセリフがないため、音響ディレクターの巧みなリードの下、声優さんと一緒にそのキャラにあった声のイメージを作り上げていくのが個人的にはすごく楽しかったです。ただし、猫は鳴き声がイメージしやすいが、ほかの動物たち(ヤマアラシ・コウモリ・キツネなど)はなかなか大変でした。逆に猫の割合が多くなるため、猫同士も似ないよう演じ分けるのに苦労しました。

 声優の皆さんは「作品があってこその声」と謙遜するが、キャラクターは見た目・性格・声によって形成されているので、声優の皆さんの声の演技なしではニャッホは完成しなかったと言い切れる。とくにニャッホをとりまく主要キャラを演じてくれた声優さんたちはのちのアニメ化も含めて、ニャッホの絶対的な世界観を生み出したと言っても過言ではない。
 とくに私の想像を遥かに超えたキャラクターを生み出してくれたのはゴーギャンとダリの二役を演じてくれた声優さんだった。その収録がニャッホ初のアフレコだったので、主人公の声すら録っていない状態でよく演じきってくれたと思う。ゴーギャンという我儘で気難しいけど愛すべきおっさん猫は鼻声っぽい感じでうまく表現してくれました。スペインの巨匠ダリに関しては、私からの「スペイン語っぽく巻舌で話す猫」という難題を見事に演じきってくれました。もうあのキャラの声がいつも耳から離れない。たぶんそういうご主人様(プレイヤー)は多いのではないだろうか。

ニャッホというキャラクターの成長

 ニャッホを生み出したのは私たち制作チーム+声優さん+収録メンバーだが、ニャッホというキャラクターはゲームのリリース以降に関わった様々な方と、遊んでくれたプレイヤーの皆さんによって私たちの予想もしない成長を遂げたと考えています。ゲーム内だけでなく、アニメーションになったり、Twitterをやり始めたりと、多くの人と触れ合う中でキャラクターには奥行きが出て、それがまた新たな魅力となって愛されていくのだなと感じました。

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