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生涯学習note2020.05.16

クラフトワークはいかに後世の音楽に影響を与えたか?(第一回目)

 音楽家にとって生死のピリオドはさほど重要ではなく、作品数 x 総再生回数が、重要な時間の概念となる。個人の生は反復できない(輪廻転生というある種の宗教上の概念を除いて)、しかしながら音楽上にトレースされた生はいくらでも反復できる。その反復は個人の聴取においてと、汎世界的な規模においてでは、意味合いが変わってくる。Music non stop!
 ロボットを模した活動を続けたクラフトワークのフローリアン・シュナイダーの死にあたっては、このような冷徹な振る舞いをすることによって、喪失感を回避しようとする心の動きがありました。心の動きがあったというのは、感情的な喚起があり、それを抑制したということです。何かしら、クラフトワークの活動に擬えた態度をとるべきであろう、と思ったのでしょう。いづれにせよ、たった今も20秒に一人、世界のどこかで見知らぬ誰かが亡くなっており、その死を嘆き悲しむ契機もなく、我々は暮らしています。そのような契機の喪失に自分の感情を近づけようとしたという事でしょう。
 ともあれ、クラフトワークが後世に与えた音楽的な影響は、とても大きいと言われています。先ほどの例で述べたように、個人的な聴取においては、複雑化だけが音楽の豊かさではない、という影響を私に与えています。では汎世界的な規模ではどのような影響があったのか?を考察していきたいと思います。その影響の大きさは良く語られますが、この機会にできるだけ分かりやすく整理してみようと思ったのです。

直接的な影響


 デヴィッド・ボウイのベルリン三部作の「ヒーローズ」収録「V2シュナイダー」という曲は、第二次大戦中にイギリス本土を空襲したナチスドイツの長距離ミサイルの名前、V2シュナイダーを通して、クラフトワークのフローリアン・シュナイダーのことを歌った楽曲です。ミサイルに模してドイツ由来の英国音楽への影響を表明しています、こういうのは分かりやすい。

 また、80年代に勃興したテクノポップやエレクトリック・ミュージックと呼ばれる潮流も、彼らと同ジャンルとして括られるほど、影響関係はわかりやすいでしょう。ヒューマン・リーグ、OMD、デペッシュ・モードといった一群です。ボディミュージックといったジャンルもその影響下にあるといって良いでしょう。これまでも多く語られてきたトピックですので、ここでは割愛します。

かけ離れた影響関係を読み解く


 同時代を経験せずに、後追いで歴史を検証しようとする際に、最も障壁となるのは、地理的にも文化的にも遠く、直接的な影響関係を見出しにく場合においてです。例えば「ヨーロッパ特急」のフレーズを援用したアフリカ・バンバータの「Planet Rock」の場合などは、両者のヴィジュアルを併置した場合、その影響関係は読み取りにくいものです。音さえ聞けばすぐに納得できますが、エレクトロなどの80年代初頭のヒップホップと、現代音楽由来の欧州の音楽家を結びつけるイメージの糸は、あまりに細い。おそらく百年後くらいにはその結束点はより希薄化してミッシング・リンクと化しまうと思われます。

 それではなぜ、イメージ的には乖離しているクラフトワークとブラック・ミュージックの親和性が高かったのか?考えてみようと思います。その前にまず、クラフトワークの音楽的な変遷を追ってみることにしましょう。同時に簡単に電子音楽(シンセサイザ)の機材の発展史も追うことにします。機材の発達が、彼らの音楽性の変遷に大きく影響を与えているからです。初期のクラフトワークは即興性を重んじており、シュトックハウゼンなどの電子音楽とロック・ミュージックのハイブリッドのような音楽性を持っていたことはよく知られています。デビュー当時の1970年、Organisation名義だった頃の「Ruckzuck」という曲を聴いてみましょう。

 次の動画では、だんだんと電子音楽としての比重が重くなっていきますが、観客のリアクションを見ても、この音楽をどのように捉えてよいのか判断をしかねているようですね。手拍子! 曲は先ほどの「Ruckzuck」ですが、より反復が純化され、即興のパートが減っていることにお気づきになるでしょう。

先ほどのライブは1970年のテレビショウのものですが、それでは三年後の73年の映像を見てみましょう。

 いよいよドラムセットがなくなり、彼らの特徴の一つであるシンセ・ドラムに取って代わられています。

 1975年になると、フローリアンはフルートをやめて、アコースティック楽器は全てなくなり、ほぼバンド形態として最終的な完成形となっています。曲は「アウトバーン」。シンセドラムの下にはボリューム・コントロールのフットペダルがあり、打楽器に強弱の抑揚がつけられていることが分かります。打楽器が中心となる局面では、車の走行音を模したEMSなどのシンセを効果音的に演奏し、音楽的には即興の余地がまだ多く残されていたことがわかります。

 さて、ドラムセットやパーカッション、そしてフルートなどのアコースティック楽器を無くしていくことによって、音楽それ自体から何が排除されていくのか考えてみましょう。それは別な見方をすれば音楽の「純化」でもあるからです。
 シンセサイザで音作りをした人なら分かると思いますが、初期のアナログシンセにおける鍵盤とは、強弱のニュアンスがつかない一種のスイッチのようなものでした。現在では鍵盤のタッチによってベロシティの変化や、音色のニュアンスまでコントロールできるパラメータをアサインできますが、先ほどの映像で彼らが使っていたのは、ミニモーグなどの初期シンセであり、また同時発音数も単音(モノフォニック)なので、和音が演奏できません。おのずとアンサンブルを構成する要素は少なくなり、音色の数も減っていきます。クラフトワークは、一見すると音楽上の弱みに見えるこれらの要素を、純化と捉えて自分たちの美学に基づくスタイルとして確立していったのでした。制約があることを逆に強みにしていったのです。無機的なサウンドにならずを得なかった事情から、むしろ自分たちのイメージをそちら側(ロボットやダミー)に寄せていったのではないか、とも思えます。
 これはクラフトワークの演奏ではありませんが、ミニモーグ一台で音を重ねて「アウトバーン」を再現した映像です。

 各楽器のアンサンブルがどうなっているのか、視覚を頼りに感覚的につかみやすいと思います。打楽器は先行して別に録られたものです。バスドラはサイン波のオシレータのチューニングを全てオフにしてレゾナンスを最大値にして作り、スネアは矩形波にランダムLFOをモジュレートしてホワイトノイズを混ぜたものでしょう。シンセの音作りが分からない人は、技術的な用語は飛ばしてしまっても結構です。ここで重要なのは、演奏中にフィルターのカットオフフリケンシーのつまみをいじって、音色の変化を試みていることです。このことは後ほど重要なポイントとして出てくるので記憶に留めておいてください。参考のためにミニモーグのパネル画面を付記しておきます。フィルターのカットオフとは簡単にいうとトーンコントロール(音質変化)のようなものだと思ってください。

Mini Moogパネル図

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次に先ほどの動画の4分割された画面の各楽器に、音色名を付けるとしたらどうか?考えてみてください。
左上:Synth Bass
右上:Major Lead
左下:Car FX
右下:Swing Plucks
 未知の楽器の音色に名前を付けるのは、なかなか難しいものです。「全部シンセ!でいいじゃないか!」と言われるかもしれませんが、ちょっと待って下さい。ていねいに考えていきましょう。ビデオの最初の方を見ると、各楽器の音色作りの工程が見られ、それぞれ上記のように音色名が付けられています。これは通常のロックバンドの編成、ギター、ベース、ピアノ、ドラムスなどとはだいぶ違いますね。また、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス、といった弦楽四重奏の編成とも異なります。しかしながらこの音楽は、見事に重心の取れた音楽上のアンサンブルを奏でている。クラフトワークのイノベーションは、既存の楽器のシミュレーションに基づくアンサンブルを放棄して、これまでの楽器のイメージと異なる音色をクリエイトし、周波数で思考してアンサンブルを構築している点にあります。


 シンセサイザの黎明期、開発の初期段階においては、どれだけ既存のアコースティック楽器のシミュレーションが出来るか?に力が注がれていました。その名残は今だにシンセのプリセット・サウンドの音色名に残されています。20世紀のシンセサイザの歴史は、一方では、それまでにあった生楽器の音をいかにシミュレートしてリアルに聞かせるか? もう一方では、これまでの楽器ではあり得なかった音色をクリエイトするか?の二極化にありました。シンセサイザの開発の目的のひとつには、演奏者を雇用しなくても済む、という経済的な側面もありました。トランペットの音色が欲しい時に、専業のトランペット奏者を呼ばなくても済むという事です。それだけでなく、全てを自分の思った通りの演奏にしたいというコントロール・マニアというか、自意識と万能感の実現という側面もありました。

 同じくエレクトリック・ミュージックの祖と言われるフランス人、Jean-Jacques Perreyの1966年のデモストレーション映像を見てみましょう。

 Gershon Kingsleyと一緒に組んだPerrey&Kingsleyにしても、かなりリズミック、パーカッシブな要素としてシンセサイザを使っていますが、それはウワモノの楽器パートや、効果音としてのループのパートであり、こと打楽器に関しては生のドラムセットを使う場合が多かった事が分かります。

 テープ・ループを使った彼らの試みは、後のサンプル・ループを汎用するブレイク・ビーツに大きな影響を与えていますが、ここではおいておきます。


 クラフトワークが採った、既存の楽器の固定されたイメージを放棄する、という方法論は、これまでの音楽史の堆積を全て捨て去ろうとした訳ではありません。例えばバスドラとスネアによるリズムパターンは、よくあるポップ・ミュージックのリズム・パターンを準えたものですし、スネアの音に聞こえるように、スナッピー(裏側のワイヤー線の音)を再現したホワイトノイズを混ぜた音色をクリエイトしていることからも分かります。

 打楽器/パーカッションは使われている素材によって、いくつかの系統に分けられます。メタル(金属)系のカウベル、シンバル、ベル、ゴング。ウッド(木材)系のギロ、ウッドブロック。皮系のタムタム、コンガ、ボンゴ、などがあります。タンバリンやスネアなど、異なる素材を組み合わせたものや、マラカスやシェケレなど、複数の振動物を組み合わせたものもあります。そんな中でクラフトワークが「マン・マシーン」以降に新しくクリエイトしたパーカッション・サウンドとして、水面を叩いたようなピチョンピチョンした打楽器音というのがあります。実際はシンセで作られた発振音にレゾナンスを効かせた音色の一つですが、「水系」ともいえる斬新なサウンドでした。打楽器というと、それまでは素材の質に左右された固有のイメージに縛られたサウンドが主たるものでした。フローリアンはセンサを使った電子ドラムで特許を取得しているほどですから(特許 USD244717 - Electronic percussion musical instrument)、まず何よりも打楽器音をシンセサイズして、音楽における新たな律動のあり方をクリエイトしたというのが、クラフトワークの音楽性の大きなポイントです。

天井知らず、いや床(フロア)知らずの低音 

ここで最初に一点、クラフトワークとブラック・ミュージックとの親和性があらわになります。アコースティックのドラムセットは、どんなに高性能のマイクを使って録音しても、低音の下限に限りがあります。バスドラでいうと、40Hz(ヘルツ)から100Hzまでのズンズンと体で感じる部分が最低域となります。音楽は物理的な空気の振動によって成り立っているので、人間の可聴範囲内というフレームに収まっていないと聞き取ることができません。これは意外と意識しないと見過ごされてしまいがちなことです。音楽は目に見えないので、いくらでも自由にコントロール可能と思われてしまうのです。実際は下は20Hzから上は20k Hzという周波数(振動数による音の高さの表現)の縦軸、そして0dB(デシベル=音量を表す値)から120dBまでの音量の横軸、この四角い図表のフレーム内でしか音楽表現は出来ません。

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 人が聞き取れる範囲内に収めないと音楽として成り立たないのです。これ以外でもマスキングや先行音効果など、様々な物理法則の制約を受けることになります。ともあれ、生のドラムスでいくら頑張っても、出てくる低音には限りがあるということです。
 ではシンセサイザを使って純粋なパルス信号を作り出した場合はどうでしょうか?これはもう下限ぎりぎりまでの低音を作り出すことができます。ブラック・ミュージック、特にダンスに特化したものでは、いかに低音を出すか、その比重を大きくするかが要請されます。もちろんダンス・ミュージックはその要素だけから成立しているわけではありませんが、最重要ポイントといって良いでしょう。クラフトワークが特に打楽器音をシンセサイズしたことによって、低音の表現領域が拡大され、後のダンス・ミュージックに大きく影響を与えたということはここまでの説明でご理解いただけたと思います。
 いくつか補足事項を付け加えます。音楽における可聴範囲の問題ですが、例えば大聖堂に設置されたパイプオルガンなどは可聴範囲を超えた16Hzまでの低音が出ますし、自然界にはもっと様々な低周波が存在し、それを体感することができます。体感というのは、皆さんもクラブなどでサブウーハから出る超低音を、膝のあたりに、空気の圧力としてズンズンと感じたことがあると思います。20Hzというと、一秒間に20回の振動が起こっているということですが、音楽において1秒というのはとても長い時間です。その長い時間の振動をコントロールするというのは、パイプオルガンのような持続系ならまだしも、自然音を扱って打楽器に応用する場合はとても難しい事です。また、人がバスドラなどの低音を聞き分けるのに、実は低音だけでなく倍音を聞き取っている、ということがあります。アコースティック楽器の倍音率は固定されており、それが各楽器の音色の特色となっているわけですが、シンセサイザではこの倍音もコントロールできるので、倍音成分を含まない、純粋に空気圧だけのような低音を創出することが可能です。アコースティック楽器もEQ(イコライザ)を使って低音部分を強調することは可能ですが、それもまた電気的変調であるし、今のアイソレータのような、上下がスパッと切れる高度なイコライザではなく、当時は貧弱なものでしたので増幅には限界がありました。和太鼓などは、バスドラよりも低音が出ているような気がしますが、二尺の和太鼓であってもピークは65Hzあたりで、元の音量(ラウドネス)が大きいのと、残響(リリース)が長いので、低音が出ているような気がしてしまうだけです。
※和太鼓の周波数については以下のリファレンスをあたってください

 クラフトワークの功績と後世への影響として、電子楽器(シンセサイザ)を、他のアコースティック楽器のシミュレーションとして使わなかったこと。特に打楽器のパートとしてそれを用いたことによって、音楽における低音域の使い道を拡大した事、それによって、彼ら自身はダンス・ミュージックを作っているという自覚が無かったにも関わらず、ダンス・ミュージックに多大なる影響を与えたということになります。

 次回は、クラフトワークが使用した初期シンセサイザの特徴的な演奏法と、反復する音列における音色の周期的な変化というブラック・ミュージック特有の嗜好との親和性について考察していきます。

第一回終わり

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