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【短編小説】かわいい男


 左手を伸ばし、サイドテーブルの上にあるはずのタバコの箱を探す。あった。箱から一本取り出して唇に差し込む。

 喉が乾いた。セックスのあとはいつも喉が乾く。

 ベッドから降り、火のついたタバコをくわえたままグラスを探していたら、きみが喋った。

「はあ。エッチのあと、すぐにタバコを吸うなんて、どっちが男なのかわからない」
「悪い?」
「いいえ。別に」
「男ならエッチなんて言わないの。そんな言い方をする男は軟弱なイメージしかないわ」
「相変わらずきついなあ」
「嫌なら他の女とセックスしなよ」

 ガラスケースの中に、伏せられたグラスが二つ。小ぶりで絵柄も余計な装飾もない。透明でつるっとしたそれは、グラスなんて洒落た言い方よりも"コップ"の方が似合っている。

 そのコップへ、透明なサーバーに入ったミネラルウォーターを注ぎ、一気に飲んだ。火照った身体が急速に冷えていく。

「裸で寒くないですか」
「寒いよ」
「やっぱりかっこいいな」
「何が?」
「あなたが。そうやって裸で真っ直ぐに立って水を飲んでいるあなたが、たまらなく素敵だ」
「また抱きたくなったのなら、素直にそう言えばいいのに」
「また抱きたくなりました。だからこっちへ来てください」
「タバコを吸ってからね」

 ベッドからジッと見つめているきみを無視して、ベッドと反対側にある扉の前に立つ。扉の裏にはテラス窓があるはずだ。さらにその向こうはバルコニーが。

 こういうホテルは、外から見えないように内側から窓を塞いでいる。それがわたしには息が詰まりそうで好きじゃなかった。

 扉を開けた。すると予想どおり窓の向こうにバルコニーが見えた。その向こうにはビルの明かり。夜景なんて洒落たものじゃない。ただの都会の夜だ。

「まさか、その格好で外に出るの?」
「外には出ない。外の空気を吸いたいだけよ」
「寒いです」
「確かに窓を開けたら寒いけど…」

 そっと後ろから抱かれた。音もなく近づいたきみの腕が優しくわたしを抱いた。

「そうじゃない。僕が寒いんだ。あなたがいないと寒くて寂しい」

 取り上げられたタバコの代わりに、きみの唇が押し付けられる。

「タバコを返して…」
「駄目です」

 もっと強いきみのくちづけが、わたしの抗議のささやきを封じてしまう。まったく酷い年下男だ。セックスした後の一服がどれほどの至福か知らないなんて。

「キスがタバコの味がする」
「悪かったね。嫌なら他の…」
「他の女はいらない。僕が欲しいのは貴女だから」
「…そう」

 それなら、タバコがどうのなんて余計なことは言うなよ。

 男は黙って抱けばいい。


 𝑭𝒊𝒏

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