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美意識という訛り

よく美意識について問われるけれど、私は、美意識とは「生きていくにあたって譲れないこと」だと考えている。

そもそも私は自分の美意識が優れているとは思わない。過剰すぎる処もあれば、人から見て「それってどうなのよ」と思われるほど適当にやり過ごす処もある。

机の上が常に何も無い状態は、とても美しい。だけど、私は割と細々と物を置きっぱなしにしてしまいがち。だからこそ一日の最後、自分のスイッチをオフにして眠りに就く前には、少しだけ部屋を片付けるようにする。

外出する際には、自分の気分だけでは無く、TPOやその日に会う相手の好みに合わせた服装を選ぶこと。服装の露出から、ヒールの高さまで。素敵だと思って貰えれば最高だけれど、先ずは「ダサい」「一緒に歩きたくない」と思わせてしまないことが大切。

徹底的にカジュアルに過ごす日であっても、仮令遅くまでまで飲む日でも、下品にはならないようにする。見た目だけではなく、立ち居振る舞いや言葉遣いも含めて。人に釣られて、自分らしくない言葉を吐いている時は居心地の悪さを感じてしまう。

当然、人の悪口も陰口も言わない。世の中には絶対なんてないけれど、これだけは絶対、を貫きたいと思っている。悪口を言う時は、自分の顔が醜く歪むということを理解した上で。

姿勢は常に正していたい。天から一本の糸で引っ張られているように。元々姿勢が良い方ではないからこそ、気を抜いて猫背になってしまわないように。誰にも見られていない時であっても。

どんなに心がくだびれていても不機嫌な顔は他人に見せない。口角はいつも上げておく。一緒にいる人が愉しいと感じてくれることは、とても光栄なこと。あの人と居ると疲れると思わせてしまうことは、最も避けたいこと。

ざっと羅列したこれらの事柄は、私が毎日を過ごす上での大前提のルール。同意して貰えるところもあれば、そういうものかしら?と首を傾げられることもあるだろう。そして、そのどれもがそんなに大層なことでは無いものの、私にとっては譲れないことばかり。要するに、多分これが私にとっての美意識。

一つ言えることは、美意識というものは「誰それの考えが正しい」「あなたの意識は間違っている」というものでは無いだろうし、美意識なんて言語の訛りようなものに過ぎないと思う。

訛りなんて無い方がスムーズで生きやすいだろう。だけど人生の味わいは、訛りによってきっと深くなる。

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新潮社ニコラモデルや光文社JJライターを経て、旅や美容を中心として暮らしに関する文章を寄稿しています。

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