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偽善のすゝめ -視覚障害者への手の差しのべ方-

偽善のすゝめ、第二弾です。

⇩第一弾はこちら⇩

宇都宮駅での出来事

 丁度去年の梅雨の頃だった。僕は出張で宇都宮にいた。出張が片付いた僕は、半年ぶりに友人たちに会いに名古屋へ向かおうとしていた。節約をしたかった僕はJRさんのご厚意に甘えて、24歳にして学割で乗車券を買おうと緑の窓口に並んだ。その日は土曜日ということもあって、窓口にはたくさんの人が並んでいた。僕はなぜか売店にあった那須塩原のお土産を片手に、好きな音楽を聴きながら列で待っていた。お土産からボケていかなきゃね。

 あと二人で僕の順番というところで、一人の男性が緑の窓口に入ってきた。彼は待機列の最後尾とは真逆の方へ進んでいた。僕はすぐに気づいた。視覚障害者だ。白杖を持っていたからだ。
点字ブロックは緑の窓口の入り口までしかなく、入った後は全く分からない状況だった。僕以外にも多くの人が彼を見ていた。本当ならすぐに駆けつけたいが、待機列は長い。一度抜ければまた最初からだ。

「駅員さんもいるしな。。。」

しかし、駅員さんは発券作業で忙殺されていて誰も彼に気づかない。

「手助けしなきゃ。」
「いやでも、ここで列を抜けたらまた30分近く待つんだぞ。」

 偽善心と利己心がしのぎを削る。その間にも彼は窓口内を彷徨う。誰も声をかけない。
何度も見てきた景色だ。
こういう時、誰もすぐには動けないし、最後まで動かない。通りから悲鳴が聞こえてきても、結局誰も通報せずに女性を見殺しにした事件もあるくらいだ。集団心理というものは恐ろしい。
という僕も、利己心が優勢で、「もう少しで自分の番だし、券を買い終わってから声をかければいいし、何なら窓口の係員さんに教えてあげればいいや」と結論付けていた。しかし、その瞬間だった。

ガッシャーン

 イヤホンをしていても聞こえるくらい大きな音がした。音の方を見ると、彼が売り場を区切るためのシャッターにぶつかっていた。係員はまだ気づいていない。いや、気づいていないふりをしていた。不自然なまでに発券作業に打ち込んでいた。僕の番まであと一人。周りは誰も動かない。
「はぁー。名古屋に着くのだいぶ遅れるな。」
僕はそう思いながら、キャリーケースとお土産を持って列から外れて彼に声をかけることにした。
僕が思うに、誰も、強いては駅員さんも動けなかったのは、集団心理もあるだろうけれど、視覚障害者に具体的にどのように手を差し伸べればいいのかを知らないからだと思う。なのでこれから実例とともに具体的に示す。

①急に触れない

 まず、大前提として、視覚障害者は視覚が失われていたり、視野が不鮮明な人たちだ。だから、急に触れたら驚いてしまう。というか、そんなの健常者だって同じだ。死角から急に他人に触られたらびっくりする。なので、最初は触れずに声をかけるべし。

 僕は実際に男性に、「お怪我はないですか?何かお手伝いできることはありますか?」と尋ねた。切符を買いに来たに決まっているが、そんなのは大事ではない。大事なのは会話をして警戒心を解いてもらうこと。
 彼は「上野駅までの切符を買いに来ました」とハキハキした口調で伝えてくれた。あまりにもハキハキしていて、「あぁ、不要なトラブルを避けるために、歯切れのいい返答を心掛けているんだろうな」と察してしまった。

②腕を差し出す

 実際に視覚障害者の方が何に困っているのかを聞きだしたら、次は誘導だ。いくら会話を既に交わしたからと言って、やはり急に体に触れてはいけない。身体の自由は大事な人権だ。

「なるほど、上野ですね。僕も今から東京まで行くので一緒ですね。」

「そうでしたか。旅の前にすみませんね。」

「いえいえ。それでは、待機列に一緒に並びましょう。今からあなたの右手に僕の左腕を差し出すので掴まって貰えますか?

「分かりました。」

そうして、ようやく僕の左腕に彼が掴まった。これが視覚障害者の方の誘導の基本形だ。

今からあなたの右手に僕の左腕を差し出すので捕まって貰えますか?

このフレーズ、めちゃくちゃ大事。

③ゆっくり歩く状況を口頭で伝える

誘導の基本形が出来たら、次はいよいよ誘導だ。ここで気を付けるべきことは、速度だ。引っ張るなんて言語道断だ。絶対に相手と同じペースで歩くべし。さもないと、転倒してしまったりする。あと、普段なら気に留めない些細な状況も口頭で伝えること。

「それじゃあ、待機列に向かいますね。」

「よろしくお願いします。」

「最後尾は2時の方向です。行きましょう。」

方角は「あっち」でも「右斜め」でも伝わらない。自分たちの正面を12時として、時計盤で方角を伝える。

「2メートルほど前方にコーンがあるので少し僕の方へ寄れますか?はい、それくらいで大丈夫です。」

『偽善』未満の案山子たち

 僕が誘導する間、待機列の人たちの視線は完全に僕たちに集まっていた。大人なんだからこれくらい知っておいてほしい。僕は彼らに冷ややかな視線を返した。そして、何事もなく誘導を終えて、僕たちは待機列の最後尾に並んだ。すると、何やら前に並んでいる人たちが、こちらを何度もチラチラ見てくる。かなり前から男性の声が聞こえてきた。

「兄ちゃん。こっち来ていいぞ。」

列から首を出して前を見ると、さっきまで僕の後ろに並んでいたおじさんだった。ひとりが声を上げればあとは簡単だ。「さ、どうぞ」と口々に言い始めて、海を割ったように待機列に道が出来ていく。
モーゼ様か。
つくづく「前にならえ」だけは皆上手だなと思った。体育の授業数をもっと減らした方が良さそうだ。

「あ、なんか皆さん順番を譲ってくれるみたいですよ。ラッキーですね。これで、シャッターにぶつかったのとチャラになりますか?」

「チャラだなんて。本当にありがたいですよ。」

「それじゃあ、行きましょうか。」

待機列に開いた道を歩きながら、彼は「ありがとうございます」と連呼していた。この社会は助け合いの世界だ。そんなに頭を下げる必要はない。

「すみません、あなたの感謝の気持ちは十分に皆さんに伝わっていると思うので、頭上げてもらえませんかね?」

「いえいえ。感謝しないと。」

 僕は泣きそうだった。出来ないものは出来ない。仕方ないじゃないか。そんなの、僕だって「数学が苦手なのに宇宙開発の研究をさせていただいて、本当にありがとうございます」「双極性障害で精神が終わっていてすみません」と毎日研究室でペコペコしなきゃいけなくなる。自尊心が粉々になってしまう。

「気持ちは分かるんですけど、僕意外と高身長で、頭をそんなに下げられると、腕をもっと下げなきゃいけなくなって危ないんですよね。安全の観点からです。」

 僕は大きめの声で言った。実際、僕の身長は172㎝だし、スニーカーを入れても175㎝ほどで、そんなに高い部類ではない。なんなら彼と同程度の身長だった。周りを刺すために言ったのだ。どうしてあんたらは『いえいえ、気にしないでください』の一言も言えないんだ。

 左腕を彼に掴んでもらって、右手にキャリーケースとお土産を引きずって、僕は数分前までいた場所に戻ってきた。
空気がぎこちない。
誰も何も言わない。
僕たちの番がすぐに回ってきたことだけが幸いだった。

 僕は彼が上野までの切符を買うのを見届けた。そして、彼が買い終わると、隣の窓口が閉じられて、そこにいた係員が出てきた。あとは係員さんが誘導してくれるそうだ。おそいよ。
 彼が係員に連れられてホームに向かうのを見届けて、僕は最後尾に向かおうとした。すると、先ほど僕たちを一番前まで呼んでくれたおじさんに声をかけられた。

「どこ行くんだ。」
「並び直します。」
「そのまま兄ちゃんも買いな。誰も文句は言わんよ。」

 誰も文句言わないことくらい分かってるよ。それで文句言われたら、そいつには毎週月曜日の朝、頭に鳩の糞が降ってくる呪いをかけてやる。
僕が最後尾に並び直すには理由がある。文句をつけようのない完璧な善行で傍観者たちの自尊心をへし折ってやりたいからだ。梅雨明けが近い宇都宮での、若者に完敗した恥ずべき汚点を抱えて生きていけばいい。

悔いろ。
恥じろ。
てか券売機行けやあんたら。

まあ、このころの僕は鬱で思考がめちゃくちゃだったので、言葉も荒れる。

「兄ちゃん、頼むからこのまま買ってくれ。わしらはいい歳して何もできなかった。兄ちゃんは大したもんだよ。せめてこれくらいはさせてくれ。」

 おじさんが全く引かない。待機列の人たちを見ると、頷いていたり、恥ずかしげに俯いていたりしていた。駅員さんからも「どうぞ」と言われてしまって、僕は振り上げた見えないこぶしを黙って仕舞うしかなかった。

僕が無事名古屋までの切符を買い終えると、おじさんが待ってくれていた。

「兄ちゃん、本当に大したもんだよ。」

「いえ、僕ももっと早く駆けつけるべきでした。」

「結局動いたんだからあの中で一番すごいよ。兄ちゃんは将来絶対出世するぞ。じゃあな。」

意味不明なおじさんは最後に僕の悪意をサッとさらって行ってしまった。そして僕は自分の感情がよくわからないままやまびこに乗り込むしかなかった。

*追記*
もし街中で、白い杖を頭上に上げている人がいたら、その人は何か困っているサインなので、お時間があれば、というか、なくても声をかけてあげてください。

あと、杖を上げていなくても、困った様子の方がいたら、まずは優しく声をかけてあげてください。よろしくお願いします。

頂いたお金は美味しいカクテルに使います。美味しいカクテルを飲んで、また言葉を書きます。