「世直し源さん」を読み直して見えてくるもの(ネタバレあり)

業田良家『ヨシイエ童話 世直し源さん』と聞いてピンと来るのは40代後半以降の主に男性(有体に言ってしまえばオッサン)だけであろうか。「ヨシイエ童話」は「ヤングマガジン」で89年終わり頃から92年まで連載されたシリーズ的タイトルで、その中で「世直し源さん」は91年まで約2年間掲載されていた。
連載開始の89年は昭和から平成となり、リクルート事件を受けて竹下内閣から短命の宇野内閣、そして海部内閣が誕生した激動の年で、連載中は政治改革と政権交代前夜の時期であった。
作品は時代を特定しない前置きをしているが、誰がみても同時代の永田町で、それまで政権与党であった民自党が逆風選挙で過半数割れとなり、そこに突如ステテコ姿で現れた「世直し源さん」こと本田源太郎が首班指名で308票を獲得し内閣総理大臣となるところから物語は始まる。この時点ですでに荒唐無稽(一体誰が源さんに投票したのか謎)であるが、こんな調子で源さんが政界を改革して行く。


源さんが政界・財界の人々を改心というか篭絡というか独特の人間的魅力で味方につけていく手練手管は令和の今でなくとも当時の感覚からしてもかなり出鱈目というか強引ではあるのだが、不思議と先が知りたくなってしまうのは、源さんの掲げたラディカルな政策が魅力的だからであろう。
源さんの政策は、その名も「国会議員性根たたき直し法」。<第1条>政治献金の禁止、<第2条>株式有価証券の運用停止、<第3条>不動産売買の禁止、<第4条>絵画美術品の投機的売買の禁止、<第5条>パーティーの収益には95%の特別税、<第6条>飲食宴会は割り勘、<第7条>選挙民への土下座禁止、第8条以降はことわざのような教訓の羅列(第9条は一日一善)に費やされたあと、<101条>国会議員の歳費は一人1億2千万(のちに2億2千万に訂正)となっている。
101条は多少おっと思わせるものがあるが、このくらいであれば我々でも思いつかなくもない範囲の奇抜さである。しかし、この法案には延々と続く格言に混じって非常に過激な条文が挟まっていた。
<第89条>一切の選挙活動の禁止。1 選挙区事務所の閉鎖、2 議員の選挙区の足の踏み入れを禁止、3 選挙区有権者との一切の接触の禁止、4 会話(通話を指すか)も禁止、5 一切の陳情・請願の受付禁止。
これは国民と政治家を引き離すという、ある意味民主主義を否定した法律でもある。ただし、<104条>本法案は4年間の時限立法とする、となっている。皮肉なことに議会政治の腐敗を正すために一時的に民主主義を停止させようというのである。
ところがこの89条と104条に惹かれて民自党の若手議員たちが賛同しはじめる。いざ政治家になってみると選挙のことばかりに時間が割かれ、50・60になるまで必死に耐えた先にやっと大臣の椅子がある、という仕組みに疑問を感じて。
しかし、この法案は非常に危険である。時限法とはいえ、いわば全権委任法だからだ。荒唐無稽な漫画の中の話とはいえ、こんなことが許されるのかというと、本田源太郎総理は身を挺した責任の取り方を用意している。
まず、源さんは物語の前半で重婚の罪に問われている。源さんは源さんを慕って集まった下は高校生から上は老女まで計5人の女性とボロアパートで共同生活をしている(モデルは千石イエスであろう)のだ。これが露見した際に総理辞職後に刑に服することを約束する。次に源さんは内閣を潰そうとする三友財閥に直接出向いて百億円の賄賂を要求し、その足で自首をする。これにより三友財閥の御曹司(京一郎)は逮捕されるが、総理は辞職後に罪を問われることで自らの地位を守る。極めつけは法案の本会議採決前に国会に集まった反対デモと殴り合いをし傷害罪が上乗せされる。
そして、法案成立の翌日に源さんは総理大臣を辞職し、刑に服する(裁判もせずに刑務所に直行するのは漫画のご愛敬)。源さんは民主主義を4年間停止させることの是非を問われた訳ではないが、そんな法律を通すためにやった無茶の責任を取ったのである。
本田総理のやったことは、法的手続きを取った上でのことであるが、これは国家緊急権の問題を孕んでいる。近年の政治的テーマでいうなら緊急事態条項を憲法に織り込むかどうか、というあの議論。たとえ国家の危機を救うためとはいえ、そのために行った超法規的措置について実行者は検証を受けるべきではないか、という問題である。
最初に罪に問われた重婚は別として、その後の収賄と傷害罪は法案を通すために行った行為である。しかし罪は罪である。本田内閣はワンイシュー内閣として法案成立とともに総辞職し、源さんは刑に服した。敢えて「不適切」な表現をするなら男気を見せたのだ(源さんにとってこうした問題は筋を通すという感覚であったろうから)。そして刑務所に入る前に源さんはこう言う、「じゃあまた10年後に」。


現実の我が国の政治では1994年に政治改革四法が成立し、政党に交付金が支給されるようになり衆議院は小選挙区制となった。それから30年、もし源さんが生きていると86歳で図らずも森喜朗元総理と同い年となる。
「世直し源さん」の最後はこう閉じられる。

 それから4年間
 国会議員性根たたき直し法は
 この国を根本から変えていくことになる
 しかし具体的にどんな国になったのか
 このヨシイエ童話にも
 いっさい書かれてないのです

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