『虎に翼』のホーナーとライアン

『日本占領と法制改革』(日本評論社・1990年)という本がある。著者はアルフレッド・オプラー、監訳者に内藤頼博とある(訳者は納谷廣美、高地茂世)。熱心なファンであれば気づくと思われるが、ドラマ『虎に翼』第10週に登場するGHQ民生局のアルバート・ホーナーと寅子の上司となる司法省民事局民法調査室の責任者である久藤頼安(自称・ライアン)のモデルとなった二人だ。
ネットで既に指摘されているとおり、久藤(以降ライアンとする)はお殿様の家系の判事(47話)となっているが、内藤頼博は元信州高遠藩主内藤子爵家に生まれた裁判官であり、戦後は司法省民事局にいた。一方、GHQのホーナーはユダヤ系ドイツ人でアメリカに亡命してきた(49話)となっているが、アルフレッド・オプラーも全く同じ境遇であった。
そして『日本占領と法制改革』に内藤が緒言を寄せているように、実際の二人も戦後の法改正で知己を得る関係となった。本書冒頭の緒言によると、内藤は当時司法省民事局第三課にいて、奥野健一民事局長の補佐をしていた、とある。ドラマではライアンは内藤色が濃いが、恐らく内藤と奥野の二人がライアンのモデルであると考えられる。

オプラーと司法省の役人との関係については第七章(法律と司法の改革-協調的努力)に触れられており、内藤については、「司法省の若い何人か、とりわけ内藤頼博は、私達の民主化の努力に全面的に賛成していた」(p66)と書かれている。奥野については「すなち、私は、奥野健一司法省民事局長に心の広さと協力的態度を見出した」と総括している。

奥野健一について、窪幸治氏(岩手県立大学総合政策学部准教授)がX(旧Twitter)に以下のようなポストをしている。
https://x.com/bANiwd51TUbLtKo/status/1799224644723237300
これはドラマ50話で民法が成立した直後にライアンが730条をごり押しされたことを苦笑しているシーンを受けて奥野の衆議院司法委員会の答弁を紹介したものである。ドラマの中でも唱和されているが、730条は以下のような条文である。

民法第730条 直系血族及び同居の親族は、互いに扶け合わなければならない。

752条(同居、協力及び扶助の義務)と877条(扶養義務者)がある中で無意味な条文とされている730条であるが、安田幹太委員(法学者にして当時日本社会党議員)の752条、877条では「扶助」とあるのをわざわざ「扶け合わなければならない」としている意味ついて質問があり、それを受けての奥野の答弁が以下である。

(第1回国会 衆議院 司法委員会 第18号 昭和22年8月11日 005 奧野健一)
https://kokkai.ndl.go.jp/#/detail?minId=100104390X01819470811&spkNum=5&single

ニヤつきを抑えながら述べていたのではないかと思われるようなのらくらとした答弁である。730条の内容は趣旨は結構だが法律上義務化は難しい。道徳的であることが無意味かというと風教上はいいことであり、取入れることもよかろうとなった云々と続き、最後に要は「法律的な效力をもたないで、むしろ道徳的な意味をもたせたものであると御了承願いたいと思います」と締めている。審議会で色々あったが、法的にはあまり意味はないので察してくれないか、という含みがあるとしか思えない答え方である。
これを受けた安田委員は、「よくわかりました。結局七百三十條は準法律的な規定であるという御説明でありまして、私はさようなものは削除すべきものと考えますが、これは議論になりますから、この程度にして」と次の質問に移っている。了解、まあご苦労様でしたね、ということである。
ドラマにおいて沢村一樹演じるライアンのあの不敵な笑みにそんな背景があったかと思うと何とも味わい深くなる。

ところで、主人公寅子のモデルとなった三淵嘉子も1947年に司法省民事局局付となっていたようだが、新民法の調査時期には間に合ってはいないはずで、寅子の活躍はおそらくはドラマの創作であろう。しかし、オプラーたちと全く無縁であるかというと、ドラマにあるとおりそこは狭い法曹界である。民事局に所属していたのであれば奥野、内藤と一度も顔を合わせなかったことはなかろうし、本書第十九章(法務局における新旧の仕事)には「最高裁判所の初代長官である三淵忠彦と私の関係は、公式的なものにとどまったが」(p196)とある。勿論この三淵忠彦とは嘉子の義父にして夫・三淵乾太郎の実父である。ややこじつけ(嘉子が三淵姓になるのは1956年)であるがオプラーともニアミスはしている。

内藤頼博は『終戦後の司法制度改革の経過 一事務当局者の立場から』という報告書を残しており、ひょっとするとドラマの元ネタになるようなことが書かれているかもしれないが、不勉強ながら筆者は未見である。いつか時間を見つけて読んでみたい。


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