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再録集:色葉言葉

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色をテーマに据えた短編をまとめています。各話に繋がりはありません。再掲元:個人誌「色葉言葉(いろはことのは)」2003/11/06
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#小説

未確認リトマス

それは柔らかな雨が降る梅雨の一日だった。 しとしとと落ちる滴が道に咲く紫陽花を紅に青に濡らして、鮮やかな葉の緑がどす黒く塗り変えられた、そんな日だ。 身体が空腹を訴える四時間目、向かった先は第一実験室。薬品の匂いにつんとする嗅覚、硬い廊下を歩く複数の靴音、机に無造作に置かれてゆく教科書の束。真っ黒な机と明度の高い床とのコントラストが目に痛くて、教室から目的地へと伸びる廊下を歩く間に低彩度の空間に慣れてしまった僕は、思わず瞬きを繰り返した。 第一実験室では班別に座る場所が決ま

モノクローム

寒い。 ……ただ、ただ、寒い。朝補習ってのはこれだから、イヤなんだよなぁ。 あーあ、道路なんか霜で白っぽくなってる。息も、吐き出した途端凍っちまいそうだし。 お願いだから、こんな時期にガッコなんか行かせないでくれよ。この季節にはいつも、こう思うけれど……今年に限っては、どうもそればっか言ってらんない。 ずっと自分をはぐらかしてきたけど、そろそろマジにならなきゃ実はヤバイ。 だって、もうすぐ受験本番。 大学に行って、モラトリアムを増やす。 不謹慎だけれど、確かにそれが現在の俺の

水槽に閉じ込める

退屈なだけの朝礼も終わって、温かな太陽の匂いがする教室。窓際に当たる陽の光は、ぽかぽか、と耳には聞こえない音を立てて眠気を誘う。 一緒に授業を受けるメンバーが変わっても、みんな見知った顔ばかり。 何かが物足りないような気がするけど、それは多分、浮き足立った周りにつられているから。 受験を控えた学年だし、部活だってもうすぐ引退。ちょっと寂しいな。 ……でも、しょうがないよね。 慣れ切った空気の中、この学校で迎える三度目の春。係決めでわたしが引き当てたクジには、少し汚い先生の文字

コールタールの空の上

カツン、カツン、コロコロコロコロ……。 カツン、カツン、コロコロコロコロ……。 カツン、カツン、コロコロコロコロ……。 眠りから引きずり出された聴覚が、独り歩きをし始める。 そうすると、今度はそれに引きずられる形で、全く別の感覚までもがそれぞれに覚めてゆくのだ。 暗闇で蛍光に浮かび上がる時計を見れば未だ深夜で、寝入った直後に起こされたのだと分かる。秒針が振れ奏でる、カチカチという微かなアナログ音さえ、今はひどく耳に障る。 頭をぐりぐりと枕に押し付けてみたり、布団を心地よく掛

あの、光る

「あ」 「え?」 「何か、へばり付いてる」 「……あ」 どこから飛ばされてきたのだろう。 灰色だらけのこの道に、不釣合いなほど鮮やかな黄緑を纏う生き物がいた。 「蟷螂、だね」 「……蟷螂、だな」 「何処から来たんだ、ん?」 「答えるワケないだろ……」 「この辺に公園か何か、あったよねぇ」 「もう少し先にあったような気も」 するけど、あまり覚えてないな。 俺がそう言うよりも先、助手席に座りフロントガラスを凝視する北風(きたかぜ)は、言を継いだ。 「じゃ、其処まで行くよっ」 …

ムーンストラック

彼女に手を引かれてやって来たその通りは、午後の賑わいに埋もれて息すら上手く出来ないようなところだった。人々の声、様々な機械音、建物の内へと誘う流行りの音楽。それに時たま、泣き叫ぶ幼児の高音が響く。 太陽光と明るい空に視線を奪われがちなイルミネーションがほんの少しだけ哀れで、それらが必死に照らしているショーウィンドウを眺めてみた。 けれどもそんな努力など必要ないと言わんばかりに、やたらに明滅する輝きが阿呆らしくなる明るさでもって網膜を刺激するから。 ……可愛気、ないよなぁ。 そ

風と埃と蜜と翼と。

午後四時半の教室ではいつものように、先生が奏でる念仏のような声色で補習が進んでいる。それをぼうっとした頭に辛うじて流しこみながら、あたしは自然と聞こえてくる歓声に惹かれて窓の外を眺めた。 狭い一室に押しこめられた人の気も知らずに、文句を言いたくなってしまうほど清々しく晴れ渡った空の下では、補習を受けていない生徒達が部活動に励んでいる。 別に必要もないのに汗を流したがる——これは多分、すごく穿った見方——運動部の子達の考えはどうしても分からないけれど、そんなみんなを見ているのは