マキの場合① 11月

1 飛べない女

痛い、辛い。タバコ臭い。
ビジネスホテルってなんでこんな乾燥しているんだろう。風邪、治ってきたのに、喉が痛い。
マキは、来たくもない出張に来ている自分に嫌気がさした。
熱があるまま乗ったフライトに乗ると言う際どいことをしたせいで、半年前に起きた発作のような症状をぶり返していた。

この出張が終わったら、絶対仕事を辞めてやる。硬いビジネスホテルのベットの上で、1秒ごとにその決心が強くなる。

そもそも、日本に自分が戻ってくると言う時点で、合わないとわかっていたことではなかったか。大学卒業後の就活でも、大学院卒業後の就活でも、紺のスーツに身を包むのが嫌で嫌でたまらなかったではなかったか。どっちの時も一番志望とは言えない会社からの内定を結局は蹴って、逃げるようにアメリカに舞い戻ったんじゃなかったのか。

私、何してるんだろう。

目を閉じようとしているのに、閉じているはずなのに、閉じることが出来ない。秒速の自動瞬きが止まらない恐怖感。暗闇に囲まれた陰気臭いホテルの閉塞感に押しつぶされそうになる。小さい頃から、暗闇は苦手だった。

突き進むことが唯一の道だと、そう信じていたけど、もしかしたら、逆に自分をさらに痛めつけていたのかもしれない、とガンガンと痛い頭でマキはその時悟った気がした。

息ができないほど苦しい。心臓の動悸が止まらない怖さ。目を瞑ることさえできない。家に帰りたい。子供達にハグしたい。
あの子達に会うまでは、私には、死ぬことは出来ない。

その時から、マキは飛べなくなった。飛べない女になったのだ。

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