戒厳令の騒動を現地で見て
三日の夜は寝られなかった。
いつも通りインスタのストーリーを見ていたら、ちょっと学科の子たちの様子がおかしかった。色んな人のストーリーや、シェアされていた速報記事に書かれていた비상 계엄 선포の文字を見て、最初は意味が良く分からなかったけどどこか緊急事態なのを感じてとりあえず辞書で引いてみると、非常戒厳の宣布と書いてあった。戒厳令の文字を見て、韓国の軍事政権下での出来事が頭に思い浮かんだ。
ちょうどその日のお昼に学科の友達と民主化運動の話をしていたところでもあったので、とんでもないことが起きているみたいだと把握するまでに時間はかからなかった。本当に2024年の韓国で起きていることなのか目を疑いたくなるような出来事が目の前で起きていた。
寮の部屋にはテレビがないので、iPadでKBSのアプリから中継をずっと眺めていた。家族に連絡をしてみたけれど、うちの家族はみんなとても就寝時間が早い人たちなので、誰とも連絡がつかなかった。怖かった。
インスタのストーリーに今起きていることをあげると、学科の同期から、「韓国がすみません。」とメッセージが来た。
びっくりした。その子の過ちではなくて大統領の過ちなのに、しかも私にその時点では直接的な被害はなくて不安を感じているだけだったのに、そうして自分事として捉えて私に伝えて来てくれた。そこまでその子の中で、この宣布は自分事として捉えられていることに衝撃を受けた。
中継を見ていても、夜中の本当に寒い中で警察や軍を止めるために国会に集結した市民の姿があってびっくりした。
もし私が同じ状況に陥った時に、その熱量を持って政治に対して自分の意見を表明出来ただろうか。自分は政治や社会の出来事に対して関心がある方だと思っていたけれど、こうして実際に身を挺して民主主義を守ろうとする姿を見ると自信が無くなった。
私は将来的に報道の仕事が出来ればいいなと思っているけど、こういう時に起きていることを伝える力をどう身につければいいのか不安になった。
そもそも緊急ニュースの第一報を見て、その事の重大さに気付けるだけの知識が私にあるのだろうか。今、修士課程で学んでいることをどうやって活かすことが出来るだろうか。そうでなくても、一市民として私が私の自由を、私の周りの人たちや、私が属する社会にいる人たちの自由や権利をどうやって守っていくことが出来るだろうか。どうすれば良き市民として行動できるのか、私はこれから何を学んでどう行動していくべきなのか考えさせられた。
もしかするとその答えはすぐに出るようなものではないのかもしれないけど、今自分が韓国にいてこの瞬間を目撃した人間として、考え続けることが大事なのかもしれないと思った。
とりあえずはこの修士課程の間の課題として、考え悩み続けてみたい。
ぐしこ