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木原事件 ある警察官一家の事件簿(3)

この物語はフィクションであり、登場する人物は全て架空の人物です。

北永は警察に連絡した後も家には入らずパトカーが来るのを外で待っていました。春とは言え夜明け前でまだまだ外は寒かったのですが、北永はとても家に入る気にはなれませんでした。「そうだ!家族に連絡しなければ!」北永は気を取り直して携帯電話を取り出すとこの残酷な悲報を家族に伝えます。しばらくするとパトカーのサイレンが響きますが、道が狭いせいか、なかなか到着しません。北永はサイレンの方に走り出し、「こっちです!!」とパトカーを誘導しました。パトカーから出て来た警官を玄関まで連れて行くと警官は「お父さんは外でお待ちください。」と制止され中に入ることは出来ませんでした。すると別の警官が近づいて来て、北永に遺体発見までの経緯を聞き取り始めました。その間に数名の警官が続々と家の中へと入って行きましたが、北永はパトカーに入るように促され、詳しく話を聞きたいと大塚署へ連れて行かれました。

北永からの連絡を受けた娘の美子は姉夫婦に電話をかけると現場まで車で送ってもらうように頼みます。姉夫婦が迎えに来ると、身支度もほどほどに殆どパニック状態の母親を連れて民雄の家に向かいました。現場に着くとすでに家の周りには規制線が張られ、パトカーの赤いランプが回転し、物々しい雰囲気になっていました。家族は警官に遮られて中に入ることも出来ず、車に戻り、車内からただ現場の様子を見つめていましたが、一向に北永の姿は見えません。いらいらしながら車内にいた美子は、どうなっているのか状況を聞こうと北永に電話をかけますが、彼はすでにパトカーの中にいてこれから大塚署に行くので家に戻るようにと伝えます。結局、家族は現場に駆けつけたものの何があったのかわからないまま家に帰るしかありませんでした。

大塚署に着くと北永は小部屋に連れて行かれます。そして警官が出してくれた熱いお茶をすすると少しだけ体が温まり、漸く一息着くことが出来ました。北永はあらためて民雄に仕事用バンを貸したことや民雄が電話に出なかったこと、胸騒ぎがして現場に行ったことなどを警官に話し始めます。警官は何故夜中に現場に行ったのか、鍵を持っていたのか、等など目撃したこと以外のこともしつこく聞いて来ました。北永は警察へ通報した直後に怪しげな男とすれ違ったことも話しますが、警官は余り関心を示すこともなくただ調書に書き留めてるだけでした。昼過ぎになり調書が完成すると警官に「一旦帰っていいですよ」と言われ、北永は納得しないまま自分の家に戻ります。何が起こったのかわからずジリジリしながら待っていた妻は「一体何があったの?どうして民雄は死んでしまったの?」と次々北永に質問を浴びせますが、北永は何も答えることは出来ませんでした。

北永が第一発見者として調書を取られていた頃、大塚署の別の部屋では逸子への聞き取りが行われていました。そのそばには何故か父親の謙三がいて孫たちの面倒を見ていました。逸子は事件当時、隣の部屋で子供と寝ていたので何が起こったのか全く知らないと言う供述を繰り返していました。ただ民雄については日頃から覚醒剤をやっていて自分に対して暴力的だったこと、そんな生活から逃げたくて家を出ていたこと、とうとう見つかって家に連れ戻されたが、最終的に民雄が離婚することに同意したこと、民雄はがっかりしていたので将来を絶望して死を選んだのかも知れないこと、など謙三が描いた自殺シナリオに沿った説明を見事に語っていました。

家に帰り遅めの昼飯を食べた北永は妻に説得され二人して再び大塚署に向かいます。しかし、対応した警官は「今、忙しいのでしばらく近くの喫茶店で待っていてくれませんか」と取り付く島もありません。二人は仕方なく警察署の前の喫茶店で待っていると逸子の兄・洋次がひょっこり現れました。北栄が「逸子や孫たちはどうなった?」と聞くと洋次は慌てる様子もなく「大丈夫だよ。」と答えました。北栄は思わず「生きているのか?」と大きな声で質問しました。すると洋次は「警官に聞いたら隣の部屋で寝ていたらしいよ。そうそう警官が時間が空いたから来てくれていいって言ってるよ!」と警官の言付けを伝えました。北永たちはレジで精算を済ますと慌ただしく大塚署に向かいました。担当の警官に「どうですか?何かわかりましたか?」と聞くと警官はさっきとは打って変わった対応で「息子さんは自殺したようですね。」と驚くような回答をしました。「そんな!そんなはずはないでしょ!」と北永が叫ぶと警官は「お気持ちは分かりますが、残念です。お父さんの知らない事実もあるようですね。」と諭すように答えるのでした。「解剖はしないのですか?」「お父さん!一応明日解剖に廻しますが、自殺で変わらないと思いますよ」「いつ頃結果が出るんですか?」警官は少しばかり考えると「う~ん。多分半年くらいはかかると思いますね。」北永はガックリしてその場を立ち去るしかありませんでした。部屋を出て出口に向かうと赤い服を来た謙三がソファーに座り、何故か親しそうに警官と談笑しているところが目に入りました。無性に腹のたった二人は声をかけることもなく大塚署を後にしました。

この頃、逸子は警察から早めに解放され自宅から少し離れた居酒屋で淳と向かい合っていました。これまで助けてくれた淳にお礼を言うと民雄から解放された喜びなのか、それとも作戦が成功した嬉しさなのか、上機嫌で盃を交わしていました。
(つづく)

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