推しがふいにいなくなった話④

相変わらず推しの近況がわからない日々だ。最近は、もう推しは戻ってこないものだという意識を前提に置くように心がけている。そうじゃないと気持ちがもたない。


前回の日記で「アイドルは無責任に推せる、甘やかせるからいい (ただしロスは突然やってくる)」という話を書いた。とはいえ、誰かを「本気で推す」と決めたときに一切責任を感じずにいられるかというとそうではない。いなくなった推しは、自分が「推しの人生に関与する」ことについて自分なりにちゃんと向き合った初めての推しだった。

推しに屈して約3年。夢中になった2017年当時、宇多丸さんが鈴木亜美「それもきっとしあわせ」(のカバー)についてラジオでこの歌詞のすごさを熱弁しているのを聞いた。

好きな人がいて愛されたのなら
それはきっと幸せ
着たい服を着て 言いたいこと言えば
それもきっと幸せ
夜と朝のあいだを 跳んで渡れば
この足音だけが 通りに響いて 迷いも消える
歌いたい歌がある 私には描きたい明日がある
そのためになら そのためになら
不幸になってもかまわない


アイドルは自分の人生の中からいろんなものを切り捨て、時には自身の幸せをつかむこともいったん放棄してファンの前で夢を語る。オタクはその夢が叶いますようにと応援し、推しの成長や成功を自分のことのように喜ぶ。それは一見美しい構図だけど「夢 a.k.a 呪い」という側面もある。

「推しの人生をエンタメとして消費すること」「推すことの加害性」みたいなものを意識するようになった。平たく言えば「こじらせて病んだ」時期だった。

推しのグループは「日比谷野外音楽堂でワンマンライブをやる」を目標に掲げていた。叶えてほしい。満員の野音でライブができたら最高だと思う。ただしその目標が叶ったとして、その瞬間は絶対に最高だけど、推しの人生にとってどれほど有意義なことなのだろうか、などと考えるようになった。これまで幾千のアイドルたちが野音や武道館のステージに立ち「夢」を叶えてきたが、彼女たちはみんな幸せになっただろうか、と余計な心配をし始めた。


きっかけは覚えていないけど、2週間ほどこのことをぐるぐる考えて自分なりに答えを出した。推しもいつかステージを降りて、表舞台から去る時が来る。それがどんな形になるかはわからないけど、「アイドルなんてやらなきゃよかった」と思われるのだけは嫌だ。「辛いこともあったけど、会うたびに褒めて甘やかしてくれるオタクもいたし、それなりに楽しかったな」せめてこのくらいは思ってほしい。その一助になれるなら、推すことにもきっと意義がある。

こんなふうに自分の中で折り合いをつけてからは、楽しく健やかに推すことができるようになった。

最後に動く姿を見せてくれたインターネットサイン会からもうすぐ2ヶ月。彼女がせめて「それなりに楽しかったな」と思ってくれていることを願っている。

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