金木犀
だいたい夜はちょっと感傷的になって金木犀の香りを辿る季節ですね。
秋口に差し掛かったこの季節が、この世でいっとう好きで、いっとう思い入れのあるものだなと感じます。
きのこ帝国のことも、「金木犀の夜」のことも、大学生になってからはじめて知った。街に金木犀の香りがあふれるたびについ思い出してしまう歌になったな。大学一年生の夏から秋にかけての思い出話。
大学一年生の夏、私は暇を持て余していた。当時は緊急事態制限も発令され、予定していた帰省や旅行なども躊躇い、サークルでの大会参加も練習も中止。狭い狭い6畳もない部屋で、ごろりと寝ころび、日がな時間だけを溶かしていた、愛おしい日々。
そうしていても夏は過ぎていき、9月も終わりに近づいて。ふと、金木犀を摘みたいと思うようになった。けれど金木犀なんてどこに咲いていたかしら。探して見つかるものなのかしら。まあいいや、とりあえず出かけてみよう。そうして部屋を出た22時ごろ。
人気のない宿舎街の冷えた空気が好きだった。深夜に近くのコンビニにアイスを買いに行く時間が。時々人がたむろして、長話をしたり歌ったりしているその空気は、対面授業がちっともない私が思い描いていた「大学」の自由さを、居心地の良さを、表しているような気がして。きっとこの散歩も、いいものになる。そんな謎の確信があった。
電話越しに友人に「夜のお散歩中なんだ」と絡んで、充電を気にしながら道を歩いていると、ふっと甘い甘い香りがした気がした。横を見ると、そこには白い花。けれど、金木犀の香りによく似ていて。後から調べるとそれは銀木犀だったのだが、当時の私は「金木犀=黄色い花」の図式しか頭になくて、近くにあるのかもしれない、と、うろうろと歩きまわることにした。
普段行かない、居住地や大学からは少し離れたエリア。わくわく。しかし、香りの方向を辿ってもきんいろの花は見つからない。暗いし、見つからないよね。今日はもう帰ろうか。そう思い、帰りかけたときだった。
猫がいた。黒い猫。
みゃーお、と鳴く猫は、おそらく宿舎近辺でかわいがられている子のうちの1匹なんだろう。尻尾を振りながら歩くその子にふらふら、とついていくと、ぶわり、と甘い香りがつよくなって。
金木犀の木がいくつか並んでいる通りに出た。
先日の雨で落ちてしまったきんいろの花びらが、月明かりできらきら輝いていて。
きれいだなあ、と息をついているうちに、猫はいなくなっていた。
きっとたまたまなのだけど。なんとなく、ちょっとだけ、特別な思い出。
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