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Vol.8 「聞こえるとか…聞こえないとか…」聴覚 “ショウガイシャ” について

前回のVol.7「舞台観劇サポート」
多くの方々にご覧いただき、ありがとうございました。
なかには「X(旧:twitter)」で、リポスト(引用投稿)や“いいね”をしてくださった方もおられました。こちらの「note」でも、ご意見ご感想を寄せていただけたら嬉しいです。


私事ですが、つい先日のこと、
補聴器の耳栓部分(イヤーモールド)が壊れてしまい、大慌てで補聴器屋さんに駆け込んだのです。

かれこれ6年程使ったので、両耳とも新しく作り直すことになったのですが…この、ちっこい砂利石じゃりいしみたいなもの。なんと、これが 1個 1万円  するのです!

「オーダーメイドだから致し方がない…」と、わかってはいるけど、ため息がでてしまう私をよそ目に、二人の諭吉さんは揚々と旅立っていきました。


さて、話は戻りまして…
私は、音や言葉を聞き取るために補聴器をつけています。
補聴器は片耳あたり数万円~数十万かかり、高性能なものだと100万近くするものもあります。両耳だと、とんでもない値段になりますね。
聴覚障害者の方は、障害者手帳を用いて、国からの補聴器購入費(補装具費支給)が受けられます。


以前に、お話したかもしれませんが…、
私は、聴覚に障害があるのですが、「聴覚障害者」ではありません。
なぜなら、日本障害基準(聴覚障害)達しないレベルの障害だからです。


と言うことで、
今回は「聞こえるとか…聞こえないとか…」第三弾!!聴覚  “ショウガイシャ” について、お送りします。
前回は、ちょっとばかりふざけた話になっておりますが、今回は真面目な話を…。
少し専門的なお話になりますが、お付き合いください。




1.聴力検査(オージオメーター、オージオグラム)について


皆さんは聴力検査をする際に、このような機器を目にしたことはありますか?

耳にヘッドフォンをつけて、「ピー」とか「ジー」とか音が聞こえたら、ボタンを押すあの検査です。

音には、大きな音・小さな音、高い音・低い音があります。どの音が、どの程度聞こえるかを検査するために「オージオメーター」という機械を使って検査します。聴力検査の結果、聞こえの程度をグラフ化したものを「オージオグラム(聴力図)」と言います。

オージオグラム(聴力図)例


2.聴力の分類と日本の聴覚障害者等級

この聴力検査の結果をもとに、聴力レベル判断するのですが、検査結果をもとに見ると、数字大きくなるほど、聴力障害程度重くなることがわかります。

日本の障害者総合支援法で定められている聴覚障害者の基準は、以下のものになります。

①  両耳の聴力レベルが 70㏈以上 のもの
② 一側耳の聴力レベルが 90㏈以上 で他耳の聴力レベルが 50㏈以上のもの

【その他】障害者総合支援法の対象となる特定疾患(疾病)の診断がある場合に、障害者認定・支援が受けられる。


聴覚障害者認定を受けると、障害者手帳を用いて国から補装具費支給(自己負担額は原則1割、所得によって例外あり)や 手話通訳 などのサービスが受けられます。


3.聴覚障害者に該当しない軽度・中等度難聴者、一側性ろう・難聴者

上記の資料を基にすると、25㏈~69㏈にある人(以下、軽度・中等度難聴者と示すは、聴覚に障害があっても、「聴覚障害者」にはなれない のです。また、片耳が聞こえない人(一側性難聴・一側性ろう)同様です。

なぜか?と聞かれても、なぜだかわかりません…。そういう “ 規定 ”  “ 法律 ”  になっているからです。


軽度・中等度難聴者、一側性ろう・難聴者は、「(聴覚)障害者」ではないので、当然、国からの支給や支援も受けられません。
だから、補聴器を購入するとなると「自費購入」になります。


また、軽度・中等度難聴者、一側性ろう・難聴者は、音声を使ってコミュニケーションをとられている方が多く、

「軽度だから、 “かるい” 障害なんでしょ?」
「フツーに喋れてるじゃん」
「全く聞こえないわけじゃないんだから、いいじゃん!」

しかし、場合によって、「困る」ことたくさんあるのです。


これは、皆さんが普段 「耳にする生活音の大きさと高さ」「言葉の周波数」の目安を表したものです。

聴力検査は、防音室という静かな環境で行います。
そこで、特定の周波数の音がどの程度「きこえた」かを検査する訳ですが…
日常では、防音室のような静かな場所ではなく、ザワザワした環境音や言葉を聞くことになります。
すると、検査では音が聞こえていたとしても、環境によっては、声や音、言葉が「聞き取れない・理解できない」ために、コミュニケーションや情報を得る場面で困ることがあります。


さらに、静かな環境で対話ができても、言葉を発する人の、話す速度が速かったり、声の音量や高さが不適切(小さすぎる、大きすぎる)だったり、不明瞭だったりすると、「音」聞こえるけど「言葉」聞き取れないということが起こります。
また、二人の人が同じ言葉を発しても、「聞き取りやすい人」「聞き取りにくい人」が いるので、つい聞き取れる人の方に注意が向きがちになったり、何度も聞き直したりして気まずい雰囲気になる、なんてこともあります。


「軽度」
と言う言葉だけ聞くと「軽いから問題ない」と思われがちですが、聴力障害の程度に関わらず、「困る」ことは、実際のところ、たくさんあるのです


▪ 研究論文によると…

片岡ら¹⁾の調査では、軽度・中等度難聴児のうち、60 %近くが地域の学校の通常学級に通い、次いで 30 %程度が聴覚以外の支援学級/学校への通学、難聴学級や聾学校などの聴覚特別教育を受ける児は 10 %に満たないことから、専門の教育を受けていない児が圧倒的多数であることが報告されています。

  1) 片岡 祐子 (2022).  身体障害者に該当しない軽度・中等度難聴の補償と支援 小児に対する補償と支援 ,Audiology Japan 65, 543~548.
https://onl.bz/RHVg6zU

また、軽度・中等度難聴は、適切な補聴を行えば、静寂下における聞き取りは、聴児とほぼ変わらないレベルとなることが示されている一方で、雑音環境による聴取には限界があり、言葉の誤認識、 発音不明瞭、言語発達遅滞を生じることが多く、厚生労働省科学研究費感覚器障害戦略研究(聴覚)では、難聴児のうち読み書き障害の合併率は29.3%で、読み書きに問題を有する児がいることが指摘されています²⁾。

2)田口智子(2012). 読み書き障害スクリーニングの重要性,ALADJINからわかる聴児・聴覚障害児の言語発達.聴覚障害児の日本語言語発達のために―ALADJINのすすめ―,202―220頁,テクノエイド協会,東京.

さらに、軽度・中等度難聴児は学童期以降になると学力の低下が顕著化する傾向が高いとされ、国語では語彙数や構文力、読解や作文力が正常聴力児より有意に低いこと、算数・数学の文章題の把握や抽象概念の理解、英語学習の発音・リスニング等様々な問題が生じることが明らかになっています³⁾。

3)BriscoeJ,BishopDV,NorburyCF (2001). Phonologi cal processing ,language ,andliteracy :a comparison of children with mild -to -mod erate sensorineural hearing loss and those with specific language impairment.JChildPsycholPsychiatry 42:329―340.

【 参考文献 】
 🔹片岡祐子 (2021). 両側難聴児・者が学校生活で抱える問題に関する調査の検討, Audiology Japan 64, 87~95.       https://onl.bz/u1Zs3TA

🔹 名畑康之他 (2019). 軽度難聴者が抱える困難に関する健聴者の認識 -健聴者の経験及び視点取得に注目して-,三重大学教育学部研究紀要, 第70巻, 社会学, 175-185頁.   https://mie-u.repo.nii.ac.jp/records/13159


4.公的助成の格差

世界保健機構(WHO)では、41dB以上の難聴者に対して、補聴器の装用が推奨されて います。
近年、軽度・中等度難聴者「困難度」 が注目されつつあり、特に子どもの場合は、生育期における言語獲得・発達、対人関係、社会性の発達などに支障を生じることが危惧されています 。


🔹独立行政法人 国立特別支援教育総合研究所 (2012). 軽度・中等度難聴児に対する指導と支援の在り方に関する研究成果報告書.
http://www.nise.go.jp/cms/resources/content/7051/seika9.pdf

🔹独立行政法人  国立特別支援教育総合研究所
https://www.nise.go.jp/nc/


そこで、身体障害者手帳の交付対象とならない軽度・中等度難聴と認定された子ども(18歳以下)に対して、自治体による独自の助成制度が全国的に広まってきています。


しかし、問題は “18歳以降 ” からなのです。
今まで、助成を受けていたのに、大人になった途端に「支援」が受けられなくなるのです。
自治体によっては、成人を対象に支援をしている地域もありますが、全国的に見ても、そう多くはありません。成人を支援対象にしている自治体もありますが、その場合も多くは高齢者(65歳以上)の支援に偏っています。これは、「難聴によって生じる「認知症を予防する」という目的(趣旨)が強くなっています。

🔹麻生伸監修 (2023). 国内での補聴器購入費用助成の地域格差, オーティコン補聴器ヘルシーヒアリングジャパン.
https://onl.bz/KQgwyeH

🔹18歳以上の軽度・中等度難聴者への補聴器購入費助成自治体一覧(未定稿),全国保険医団体連合会,2023年6月15日現在.
https://onl.bz/yB4TRW9



2018年からは、障害者手帳の交付対象とならない難聴者に対し、医師の診断書があれば、補聴器の購入費用の医療費控除が受けられるようになりました。しかし、一般的に支出される水準を著しく超えない金額に限るため、ほぼ自己負担になります(数万円程度)。


また、補聴器は全ての聴覚障害者に等しく有用…というわけではなく、聴覚障害の2~3級(90㏈以上)に認定され、さらに補聴器を使用してもほとんど会話が理解出来ない程度の場合は、人工内耳じんこうないじを勧められることが多くなっています。一歳以上から手術でできるため、近年では、聞こえて・しゃべれる聴覚障害者が増えてきています。

🔹「人工内耳について」一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 https://onl.bz/mWmUaAs


さらに、聴覚障害者であっても、手話を第一言語として用いているろう者や、補聴器を煩わしく感じている方など、補聴器や人工内耳を使わない方も多数います。

上記のことから、「公的支援を受けて補聴器を使っている人」の多くは「70~85㏈程度」の聴力レベルにある…ということが考えられます。


5.世界の公的助成(補聴器)

日本の聴覚障害の認定基準は、先進国と比べて非常に厳しいと言われています。
世界保健機関(WHO)は、聴覚障害の基準について「平均聴力レベルが良耳 “40㏈” から福祉サービスを必要とする」と提唱しています。これは「1m 離れた距離で 普通話声 を理解できる」レベルです。

WHO基準からみると、日本では、両耳の平均聴力が 40~69㏈の難聴者等は、たとえ本人が補聴器や文字による情報保障を必要としていても、個々が必要とする福祉サービスを受けられないでいる現状にあるといえます。


ここでは、一部の国の補聴器の公的助成についての資料を載せていますが、補聴器所有率の高い国 ( デンマーク、イギリス、ドイツ、フランス など ) の多くは、補聴器購入費用の公的助成が日本よりも充実しており、個人負担が無い、もしくは少なくなっています。
しかも、欧米では、日本の障害者等級のように福祉サービスを受けるための資格(?)のような区別はなく、「生活する上での個々人の困難感」を基にして、20~40㏈ の難聴者 も必要に応じて福祉サービスを受けることができるようです。

🔹麻生伸監修 (2023). 日本と世界で広がる補聴器助成費用格差, オーティコン補聴器ヘルシーヒアリングジャパン. https://onl.bz/nszSUsA


まとめ

聞こえる時もあれば、聞こえない時もある、どっちつかずの聴覚ショウガイシャ。
「ショウガイシャ」って、何だろう?
だって私が今、イギリスに行ったら、間違いなく「聴覚ショウガイシャ」になるのだから…。

軽度・中等度難聴者、一側性ろう・難聴者に対して、私は、そのように感じます。


今回は、ここまで!
最後まで、お付き合いくださり、ありがとうございました。