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「その旅先で学んだ人生」

たしか気持ちのいい季節の、気分のいい週末の朝。有名な画家の展覧会とやらで京都の美術館へ。私はこの岡崎エリアが大好き。平安時代の都大路の名残りだろうか。時空のスケール感を取っ払った、広っくて長っい道が縦横に走っている。世界屈指の文化都市として千年君臨しつづける風格がたまらない。

これぞ京散歩を堪能しながら出てきた東大路で、ある看板が目に入った。「餃子王」。いやいや京都には餃子の王将あるよ。本格中華のこだわり餃子店もいっぱいあるよ。でも言っちゃったね「餃子王」って。たぶん暖簾を出してきたタイミング。真っ赤な綿地に、白いパンダ模様が可愛い。引き戸を開けて入店。

その瞬間、私の好奇心アンテナがピンと立った。これは違う。これは面白い。まず狭い。うなぎの寝床の京町家風、だけど奥行きがない。居酒屋の居抜きであろうカウンターに8席ほど、客が座れば出入りもできない。厨房はおそらく中国人の六十歳前後のご夫婦、二人でぎゅうぎゅう。奥の座敷はもうコントのセットかという具合。

そしてガスコンロがない。中華料理と言えば、炎を上げて鉄鍋を振る、あの巨大火力のコンロがない。いや、カセットコンロが一台。家庭でお鍋に使うもの。メニューも中国語。アジアの屋台でよくある、紙切れのメニューに客自らチェックして注文するシステム。いわゆる餃子屋とは似ても似つかぬ佇まいだった。

羊肉の水餃子と手作りのメンマを注文。あら、美味しい!もちもちの厚皮を噛みしめると、粉そのものの旨味。ざっくり大きく切ったタケノコの、風味豊かなこと。ごきげんにビールをいただきながら、私はもうこの店に、ご夫婦に興味津々。まだ他に客がなかった幸運と、紙に漢字を書いた筆談で、以下の事実が判明。私の妄想も多分にあり。

まず「餃子王」は名前が王さんなのだ。そして王さんは元エンジニア。中国のマイナーな都市の工場長だったらしい。この狭い空間の限られた設備でのスマートなロジスティクスに納得。これはプロの料理人にはできない発想だ。赤いパンダ柄の暖簾とティッシュカバーは奥さんの手作り。古い建物なのにキリッとした清潔感が漂うのも、きっと彼女の人柄。

それから王さんは息子さんが京都大学で環境の勉強をしていると教えてくれた。優秀だね、素晴らしいね、これからまさに必要とされる分野だね。私の心からの賛辞を、ご夫婦も誇らしげに喜んでくれた。きっかけは息子さんの留学なのか、それとも中国の環境汚染なのか、でもこんな第二の人生っていいなと思う。全く畑違いのようだけど、第一の人生がそこかしこに感じられる。地に足の着いた、だけど自由で軽やかなアナザーライフ。

私の人生のこれからを考える時にいつも思い出す。でも今回ひさしぶりにネットリサーチしたら移転してた。息子さんが手伝ってるらしい。それらが前向きな決断だったらいいけど。いや、あの元エンジニアさん一家ならきっと大丈夫。ステイホームが明けたら、新店に行ってみよう。




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