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さくらの蕾はまだ隠れてて。14

【なんか…すごいな…】

ありきたりな一日の初まり

歩き慣れた、とまではいかないが慣れ始めた道

唯一違いがあるとすれば

【さっきから倒れてる人ばっかだ…】

それだけ聞けば未知のウイルスか未曾有のテロか

冷静に言葉を漏らす彼が異常に見えてもおかしくない

倒れてる人間が不良ばかりという観点を見逃せば

【学校でなにかあったのかな…】

目的地に近づくにつれて増えていく亡骸の数々

原因がそこにあるのは間違いない

そして

【うわ…人の山だ…】

数にして10人はいるだろう意識を飛ばしかけた男達が、校門の前に綺麗に小山をなしていた

そこからは

「く、くそ…
なにが落ちぶれた三傑だよ…
いまだに喧嘩の天才じゃねぇか…」

点と点が繋がり線になるように、昨晩の出来事とちょうど男が睨みを効かせる方向の人物が繋がる

「おい!〇〇!!」

【隼人。それに賀喜も。これって…】

「いわゆるお礼参りってやつだ。」

【お礼…参り?】

うんうんと頷く彼は、どこか嬉しそうに得意気に自慢気に言葉を続ける

「山下先輩にいままで負けた奴等。
それが昨日の噂を聞きつけて、今ならやり返せるって魂胆で次々と喧嘩を挑んでるわけ。」

【喧嘩を挑んでるって…】

皆まで言うな

言葉にせずとも、その世紀の無謀な挑戦の結果は目に見えていた

「いやぁ。マジでレベルがちげぇよ。
ここに来るまでの人数も含めれば、軽く30人はダウンさせてるぞ。
てか、昨日のお礼ちゃんと言わないとな。
山下せんぱーー…」

昨日の敵は今日の友

そう思った幼なじみの片割れは、意気揚々と手を振りその人物に声を掛ける

いや、掛けようとする

「おい!!
一年が気安く呼んでんじゃねぇ!!」

当の本人ではなく、その傍らにいる長身の女性が声を荒げる

「え、えぇ…」

「バカ!!
ふつうに考えなさいよ!!」

傍らにいた幼なじみが慌てたようすで頭を叩く

「な、なにすんだ…」

「山下先輩は昨日遠藤さんに負けたせいでこんな状況になってんでしょ!?
そんな奴等に気軽に声かけられて喜ぶやつがどこにいんのよ!!」

「た、たしかに…」

【てか梅澤先輩、鬼の剣幕でこっちに来てないか…?】

「「…」」

時すでに遅し

そう言わんばかりに異様なまでの緊張が走る

3人のみならず、登校をしてきた生徒達は目こそ合わせないものの、その様子に静かにお経を唱え始めていた

そして

「う、梅澤先輩…先程は!?」

弁明するよりも早く、彼の胸元を勢いよく掴みかかる

「は、隼人!!」

無謀なのは幼なじみ揃っての特性か

彼女は恐れを知らないように、胸元に伸びる手に力を加える

彼女の華奢な力で動くわけもなく

「は、隼人を離してくださ…」

「お前、少しは頭使え。」

「…え?」

実際の行動からは想像もつかないほど、落ち着いた声が3人にだけ聞こえるような大きさで告げる

「あんたらの大将、パーカーの死神…
遠藤さくらか。
あいつはまだ、自分の正体を明かしちゃいないんだろ?」

「そ、そうですけど…
それとこれと話が…」

「バカか。
いきなり喧嘩もしてなさそうな1年坊が、美月に気軽に話しかけたら不自然だろ。」

【たしかに…】

一人が納得いったように、それが連鎖してあとの二人も目を見合わせる

それが分かったように梅澤は胸元から手を離す

「隠し通すのかは知らないけど。
あいつの友達ならそんくらいは気を使ってやれよ。」

そう言い残すと、何事もなかったように長身の彼女はその場を後にする

「ねぇ。隼人。」

「な、なんだよ。」

「私…梅澤先輩に惚れそうかも。」

【たしかに…
昨日の事といい、不良とは思えないほどカッコいいね。】

3人がそんな話をしてるなか

「ハ、ハックション!!」

「なんだ梅。風邪でも引いたか?」

「そんなことないけどなぁ。」

「誰かに噂でもされたのか?」

ケラケラと笑みを浮かべながら、どこか荷が下りたように軽快に歩く美月に

「かもな。落ちた三傑ってね。」

「…殺すよ?」

「勘弁して。
こちとら朝から誰かさんのせいで疲れてんのさ。」

「…前々から思ってたけど、梅は私にビビらないよな。」

「そりゃあね。
美月がおねしょして泣いてる頃から知って…おっと。いきなりマジパンチしてくんな。」

「チッ…次は絶対顔歪ませてやる。」

「はいはい。
ほら、さっさと教室行こ…」

二人の機嫌を損ねないように静まり返った廊下

その中央

まるで通せんぼするかのように

「朝からずいぶんと騒がしいのね。」

きれいに伸びた黒髪と

きれいに伸びた声色

日焼けという言葉を知らないほどの白い肌

彼女の発した言葉で、廊下には季節外れの寒波が到来する

「…なんか用か。史緒里。」

「そんな睨まないでよ梅。
私はただ…」

言葉を続けるより早く

二人との距離を縮めるように踵に力を入れ、常人ならざるスピードで懐に入る

そして

「美月の負け顔をスマホフォルダーに収めたいだけ〜」

カシャカシャ

と音を鳴らしながらピースした自分と美月を器用に画面に収める

「ハハハ。
全然負け顔してないじゃん。」

「お前だろ。
昨日の出来事を言いふらしたの。」

「えぇぇ。
なんのことか検討もつかな…」

「いただろ。昨晩、乃木神社に。」

「…ふーん。
そんな注意力散漫だから負けちゃったのぉ?」

「…なぁ梅。
こいつの顔歪ませてもいいか?」

「それで歪んでたらこんな何年間もこいつに絡まれる今は訪れてないだろ。」

「やるじゃん梅〜。
だてに酸っぱさ滲み出してないね。」

「…美月。やっぱやろう。」

「タンマタンマ!!」

白い肌をチラつかせながら、久保はまるで猫を彷彿させるかのような身のこなしで二人と距離を取る

「さすがに二人まとめては負けちゃうって。」

「…ホント腹立つな。
個人だと勝てるって言いたいの?」

「いやいや。
勝てはしないよ。けど…
負けもしないかな。」

不敵に笑みを浮かべる姿からは、どこか異質さを醸し出していた

「無駄話しならする気は…」

「だからタンマタンマ。
ちゃんと本題があるからさ。」

「…本題?」

「そそそ。
二人とも、生徒会に入る気はない?」

久保の言葉に廊下の時間は一時的に止まったような錯覚をおこす

それを破ったのは当然

「…フッ。
三傑から落ちた私に、今度は三傑の「下」につけと?」

「ホント美月ってひねくれてるよね〜
別に「会長」はそんなネガティブな意味合いで誘ってるわけじゃないよ。」

美月は眉間にシワを寄せるが、なに一つ気にもしてないように言葉を続ける

「…生徒会はいま、戦力が必要なの。」

「生徒会がなんのために?まさか…」

美月の頭によぎった一つの可能性

昨晩、自分を打ち負かした人物の顔が浮かぶ

「お前らパーカーの死神を…」

「あぁ違う違う。
生徒会はあの子に手は出さないよ。」

「…意外だな。」

「そう?
会長は「負けると分かっている」戦いはしない派なんだよ。」

「おいおい。本気で言ってんのか?
おたくの頭がそんなこと…」

そこまで言って言葉を止めたのは、昨晩の親友が敗れてしまった情景を鮮明に思い出してしまったため

「…ずいぶんと評価してるんだな。」

「まぁ本気でやったら会長が勝つと思うけど、そこに戦力割いてる場合じゃないのよ。」

「お前らはなにをそこまで警戒してるんだ?」

「すべてだよ。
この学校を乱そうとするすべて。」

含みを持たせた言い方

まるで餌を目の前にチラつかせるように

そして餌に食いつけば

「…行くぞ梅。」

「え、い、いいのかよ?」

「生徒会に入る気はない。
あいつの下につく気もない。」

「そりゃあそうだけど…」

「それでも…
目的が重なれば自然と行動が似ることもあるだろ。」

まるで餌に背を向けるように

美月は、表情を変えずに微笑む久保の横を静かに通り過ぎる

「…喰えないなぁ。
私達の代のテッペンわ。」

ーー

使用されなくなった廃れた旧校舎

まるで時が止まったかのように、古びたベンチが一つだけ置かれているありきたりな屋上

「…」

優雅に空を羽ばたく鳥を

まるで羨ましそうに

まるで悲しそうに

寝そべりながら静かに見つめる少女

そこに

「旧校舎への立ち入りは禁止してるはずだけど?」

透き通った綺麗な声

誰からも好感が持たれそうな優しい音が響く

「…」

気にもとめてないように、少女はその音をなかったように目を閉じる

「いつからそんなたぬき寝入りなんて覚えたの?」

「…黙れ。それから消えろ。」

「あぁ。怖い怖い。」

微塵も思ってないであろう言葉を吐きながら、ゆっくりとベンチへと近づく

「…なんで山下をとめなかったの?」

「忠告したの無視したのはあいつだ。」

「力付くで止めてほしかったけどね。
そのせいで紫乃高のバランスが崩れちゃった。」

「知ったことか。
初めからお前らと均衡が保たれてると思われてるのすら不服だしな。」

「はぁ嫌だ嫌だ。
こんな無責任な人と同級生なんて。」

「なら、いますぐこの学校から消えろ。」

「それは出来ないよ。私は…
パーカーの死神があなたを喰うと思ってるから。」

「…飛べない鳥に価値はない。」

それ以上言葉が生まれることはなく

屋上にはゆっくりと、ただただ重い空気が流れていた

To be continued∵

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