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It’s the single lifeとは?27

月明かりが照らす住宅街の一本道

遠藤:あなた…

電柱の影から、不気味な笑みを浮かべながら男が現れる

「久しぶりだね。さくちゃん。」

遠藤:たしか…
いつも握手会に来てる…

「フフフ。嬉しいなぁ。
僕のこと覚えててくれたんだね。」

まるで影を揺らすように、男は若干ふらついた動きで遠藤との距離を少しずつ詰める

遠藤:…いつも応援してくれていることには感謝します。
でも、これはルール違反ですよ。

遠藤はあくまでも穏便にことを済ませようと、震える手を必死に押し殺す言葉を届ける

「そうだよ。
僕はずっとずっとさくちゃんを応援してるんだよ。
さくちゃんのことが大好きだから。」

遠藤:…なら…

「それなのにひどいよね。
さくちゃんは僕以外の男と、楽しそうな時間を過ごすなんて。」

遠藤:…

遠藤の脳裏には、今日一日の笑っていた自分と、大嫌いと言いつつもどこか気にかかる彼の姿が

遠藤:あの人は乃木坂のスタッフです。
事務所に確認を取っていただいても構いませんので…

「そんなことどうだっていい!!」

遠藤:!?

逆鱗に触れたように、男は不気味な笑みから真顔へと変貌する

「ひどいよね…
僕はずっとさくちゃんのことを見てたのに。
今日だけじゃないよ。ずっとずっと。」

遠藤:やっぱり…
ここ最近ずっと視線を感じてたのは、あなたなんですね。

「気付いてくれてたんだ。嬉しいな。」

遠藤:…犯罪ですよ。

「大丈夫。
どんな法律も僕達の関係を切ることは出来ないから。」

支離滅裂

そう言わんばかりの理不尽な言葉を漏らしながら、男は徐々に遠藤に近づく

遠藤:いや…来ないで…

逃げなければ、走り出さなければ

頭ではわかっていても、それ以上の恐怖が彼女の身体を強張らせてしまう

「悪いのはさくちゃんなんだよ?
僕のことを裏切ったから。」

遠藤:違う…
私はそんなつもりじゃ…

「言葉ではなんとでも言えるよね!!」

遠藤:…

「でも大丈夫。
もうさくちゃんは僕が幸せにするから。」

こんなことになるなら、ちゃんとあの人の言う事を受け入れて家まで送って貰えばよかった

なんで私はあの人の申し出を断ったのだろう

たしかにあの時にはもう着けられてるのは気付いていた

どう考えても一緒に帰ってもらった方が安全だった

なのに私は断った

あの人が和ちゃんに好かれてるから?

あの人がふざけているから?

あの人が嫌いだから?

…違うよね。

遠藤:…バカだな私。

ホントは今日一日楽しかったんだ。

ホントは嬉しかったんだ

私のままでいていいって言ってくれたことが

私のことをちゃんと見てくれてたことが

遠藤:…ダメだな。
素の私見せられてないじゃん…

巻き込みたくなかった。

私の勘違いだと信じたかった。

それでも…

遠藤:助けて…井上さん…

届かないと分かってても漏れ出た声

きっと今の私が、なにも着飾ってない私なんだろう

「ほら。こっちに来てよ、さくちゃ…」

「遠藤さん!!」

背中を押されるような声量と

背中を包んでくれるような暖かさが

入り混じった音が

遠藤:…井上さん…

〇〇:はぁ…はぁ…はぁ…
だ、大丈夫です…か?

遠藤:どうしてここに…

〇〇:マイナスに達した信用度を…
取り返しに来ました。

息を切らしながら

それでも、まるで私を笑わせようと

遠藤:…ホント…馬鹿ですね…

「なんだよお前…なんなんだよ!!」

遠藤〇〇:!?

蚊帳の外にされた事が原因か

ヒーローのように現れた彼が原因か

またはその両方か

声を荒げる男に

〇〇:遠藤さん。
あの男は…

遠藤:よく握手会に来てくれていた人です…

マジかよ…
こんなこと本当にあるんだな…

「ずるいずるいずるいずるい…
僕はこんなにさくちゃんが好きで、こんなにさくちゃんのことを推して、さくちゃんから認知ももらってるのに…
なんでお前なんかが隣にいるんだよ!」

遠藤:…

「お前は邪魔だ。
お前なんかいなくなればいいんだ。」

歩みを止めた男は、ポケットに手を入れる

目的のもとを掴み再度手を出すと、そこには月明かりを反射するような刃物が

遠藤:!?
井上さん逃げ…

〇〇:…ふざけんな!!

遠藤:!?
「!?」

まるで男の言動を気にもしてないかのように、彼は声を荒げる

「ぼ、僕がおかしいって言うのか!!」

〇〇:あぁそうだよ。
お前のやってることは「推し」なんかじゃねぇ!!

「な、なに言って…」

〇〇:俺はお前の方が羨ましいんだよ!

遠藤:はい?
「はい?」

今日始めて二人が意思疎通が出来たのは間違いない

〇〇:ふざけやがって…
どんだけ恵まれてんだよテメェ!!

遠藤:い、井上さん?
さっきからなにを…

〇〇:お前は遠藤さんに認知してもらってるんだろ?

「そ、そうだよ。」

〇〇:遠藤さんにいつも応援してくれてありがとうって言ってもらってるんだろ?

「そ、それがなにか…」

〇〇:ふざけてんのかテメェ!!

「!?」

情緒不安定と言わんばかりの剣幕に、男は刃物を握りつつも彼のことを恐怖し始める

〇〇:こちとらなぁ…こちとらなぁ…
どうしようもない原因で毎回毎回大嫌い呼ばわりされてるんだぞ!!

遠藤:え、え、え、えぇぇ…

いまそれ言う?
どう考えてもタイミング違うよね?

その意味たちをどうにか漏れ出た言葉に含ませる

もちろん彼に届くことはないが

〇〇:お前に分かるか!?
こんな優しそうな人に、害虫を見るような蔑んだ瞳で見られる悲しさが!!

遠藤:…

〇〇:常に崖っぷちに立たされてるのに、その崖すら抉り取ろうとクビにされそうな恐怖が!!

遠藤:…

〇〇:理不尽な理由で毎回…

遠藤:ストップ!ストップ!!

先程までの恐怖はなんだったか

むしろなんか腹が立ってきた

〇〇:いや、このままいかせてもらいます。

遠藤:…

「な、なんなんだよお前…」

〇〇:こっちが聞きてぇわ!!
お前こそなんなんだよ!!
認知してもらってんだろ!?
こんな状況でも感謝してもらってんだろ!?

「…」

〇〇:それなのに…それなのに…
なんで推しをこんな悲しそうな顔に出来んだよ!!

遠藤:…あなたが原因でもあります。
特に後半は。

もちろんヒートアップした彼にそんな言葉が届くことはない

「そ、それはさくちゃんが悪いんだ!
お前みたいな男と出掛けて…」

〇〇:そこだよ!!
俺が一番腹立つのはそこだよ!!

「は、はい?」

〇〇:いいか?
推すってことを舐めんなよ!!

「さ、さっきからなに言って…」

〇〇:誰かを推すってことはな、その人の全部を好きになるってことなんだよ。

遠藤:…

〇〇:その人がタバコを吸ってようが、裏ではクソほど性格悪かろうが、知らない男と休日を過ごしてようが、その全部をまとめてその人を愛すことが推すってことなんだよ。

「そ、そんなんじゃ裏切られて…」

〇〇:だから!!
なんだよ裏切るって!?
推しごとに見返り求めてんじゃねぇよ!

「…」

〇〇:推してて楽しかったんだろ?
推してて明日も頑張ろうって思えたんだろ?
推してて毎日が色づいたんだろ?

遠藤:…

〇〇:そんだけいろんなもの貰ってて、まだそれ以上なにかを求めて、勝手に被害者ヅラすんな!!

〇〇:お前の推しは推しなんかじゃねぇ。
ただの好意の押しつけだ。
誰かを推すって事をあまくみんな。

「そんなの…そんなの…
耐えられるわけないだろ!!」

〇〇:だったら軽々しく推すなんて言うんじゃねぇよ!!
お前みたいなやつのせいでライブや握手会の倍率が上がるのが一番腹立つんだよ!

遠藤:…なにを見せられてるんだろう私…

「ふ、ふざけるな!!」

先程まで押され気味だった男は、握りしめていた刃物を目の前に突き出す

!?

〇〇:遠藤さん…
あいつ刃物持ちながらめっちゃキレてます。ヤバそうです。

遠藤:井上さん。
ぶん殴ってもいいですか?
どう考えてもあなたのせいですよね?

〇〇:…いやいや。
俺はただ思ったことを…

遠藤:わからないんですか?
そのせいで火にガソリンドバドバ入れてることを。

〇〇:…無意識って怖いですね。

遠藤:バカなこと言ってないで、井上さんは早く逃げてください。

〇〇:…

遠藤:あの人が用があるのは私です。
井上さんは関係な…

〇〇:駄目です。
ここで逃げたら…
遠藤さんがせっかくくれた「今度」が実現しなくなっちゃうかもしれないじゃないですか。

遠藤:…

ふざけてたと思っていたのに。

急にそんな笑顔向けないでよ。

そんなことされたら…

遠藤:な、なにか策はあるんですか?
あの人刃物持ってますよ?

〇〇:…安心してください。
こう見えて、北斗神拳を継承出来るくらいの…

遠藤:次ふざけたら本気で怒りますからね。

〇〇:…はい。
とりあえず警察に連絡入れてもらっていいですか?

遠藤:…井上さんは?

〇〇:…遠藤さんに何かあったら、和に怒られますから。
本当に今日は…ありがとうございました。
とっても楽しかったです。

遠藤:井上さん…?
そんなこと…!?

嫌な予感がした。
まるで最後の挨拶と言わんばかりに。
あんな笑顔見たくなかった。

だって

遠藤:…井上さん!!

咄嗟に伸びた手でも

あまりにも早く走り出した彼に追いつけるわけもなく

虚しく空を掴むことしか出来なかった

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