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サマーウォーズ

 蚊に刺されて元気をなくした長男を前に、ムヒも冷たい氷も爪でつけるバッテン印も無力だ。何度触らないように言っても「蚊に刺されがいやだあ〜〜」と苛立ちながらそこを、触り掻いてしまう長男の気をなんとか紛らわしたくて、赤く立派に膨らんできたその虫刺され跡に、思いつきボールペンで簡単な顔を描いたのだった。

 てん、てん、と目を描き、ぴー、と口を描く。
ぷっくり腫れた長男の虫刺されが、私に向かってにこりとかわいく笑った。

 4箇所も5箇所も刺されていたから、手足のあちこちに小さなスマイリーは現れて、長男はキョロキョロと腕や脚を回す。少し嬉しそうに。

明日には消えるかなあ。

 スマイリーを見つめてそう言うので、消えたらまた描いてあげるよと返したのだけど、「いやあ、恥ずかしいから、明日は消したい。」だそうで。ああ、そうなんですか。

 そばで見ていた次男も「ぼくもぼくも」とせがんできたが、見た限り彼の蚊に刺され跡は唯一、左頬の真ん中にしかない。どうしてよりにもよって、幼児のかわいい頬に。こんなに目立つところに。ここに描くのはちょっとなーとなんでもない右手の甲に描いてやると、次は左手を差し出して「アンパンマン描いて」とリクエストする次男であった。3秒くらいで手癖アンパンマンを描くと、嬉しそうに手を広げて小走りでパパの元へ見せびらかしにかけて行く。わあいいねえ〜と大袈裟に両手の落書きを褒める夫に、次男は抱っこと手を伸ばした。

 人の血を吸うのは、産卵を支度をしている雌の蚊だけなのだという。母の本能で命懸けの狩りへと出掛け、6歳児のおいしい生き血を吸った小さな吸血鬼は、その栄養で来年の藪蚊を生産するのだろう。私はそれなりの虫除け対策でゆるくあなたを避けながら、息子たちの肌に近付く姿に躊躇なく張り手をお見舞いする。我が子の血を吸い肌を腫れさせるあなたを許すまいと仕留めにかかっている。ついでに言うと、息子たちのようにいくつも刺されることもないけれど、30代に差し掛かった私の肌にたまに虫刺されの痕が現れると、これが中々消えないのである。いつまでも残る傷跡に、個人的な憎しみも年々増している。

 そんな母と母との攻防が、夏と共に始まっていた。

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