「コロナウイルスは27度のお湯を飲むと防げる」とメッセ回ってきたので「ガセネタじゃね?」と返したら起きた話
あんまりだなと思うんですよね。
私、別に悪いことしてないんですけどね。
どうも、数日前からこんなのが出回っているようです。
「コロナウイルスは実は非常に熱に弱いらしい。普段から白湯を飲むようにするとイチコロらしい。36℃前後でいいので楽勝!」
「武漢ウイルスは耐熱性がなく、26-27度の温度で死にます。 お湯を飲めば予防できる」
ハフポストの安藤健二さんが一字一句まったく同じ文章を参考に挙げておられました。この通りのメッセージが流れてきたんですよ。
それも、近所でやっている子どもの習い事でご一緒している保護者(ママ友・パパ友)から。とっぷり日が暮れた、会合帰りにこれを見て、なんぞこれ、と。
お前ら体温どのくらいあると思ってるんだよ。
27度以下の体温しかないトカゲかなにかですか。
馬鹿なんだろうなあって思ったんですよ。流れてきたメッセージの中には、こんなのもありました。
「家の中のウイルスを滅菌するために暖房設定を30度にして一日汗かいてました」
とびきりの馬鹿なんじゃないかと感じたんですよね。なんだ、ウイルスを除菌って。まさか、本気じゃないだろうと。そうしたら、次々と馬鹿が鈴なりになってリプライしているのです。
「〇〇ちゃんのお家を見習って、△ママと部屋に暖房を焚きました」
「ありがとう、○○ちゃんママ! 情報が早いと助かるよね」
助からないのはお前らの知性だと思います。もうね、馬鹿かと。アホかと。
なんならサウナでも行って来いよ。それとも昼から熱燗でも呷ったらどうか。反知性主義とかリテラシーの欠如などという高尚な単語すらも必要とされない、単なる馬鹿が拓く無限の荒野がそこにある感じがするんですよね。
なんせ旬の話題なのか、朝から晩までビシバシ連絡が来続けるのです。どれもこれも、ウイルスは熱に弱いという話でもちきり。ピンポンピンポンうるせえよ。
さすがにムカついたので、短く一言、申し上げました。
ワイ「コロナウイルスがお湯で退治できるなんて、あり得ないと思うんですが」
これだけですよ。たった一言、申し上げたのです。いつもの私なら「大変失礼ですが、馬鹿の方でいらっしゃいますか」とか書くところですが、まあ習い事でご一緒している顔見知りですからね。奥ゆかしく、穏便に書いたわけですよ。そしたらですね。ママ友たちからこんなメッセが。
「元看護士の私から言わせてもらえばウイルスは熱に弱いのです。そうゆうことわちゃんと勉強してから書いてきてください」
「身の回りにも、身体を暖めて病気を治した人はたくさんいます。病院に気軽にかかれないご家庭が自衛するのにお湯を飲んだり部屋を暖めることも山本さんは否定されるんですか」
「母に聞きましたが、『汗をかいたら熱が下がる』と言っており、体や部屋を暖めることはコロナウイルスも殺菌できるはずです。いい加減なことを書かないでください」
おのれババアどもめ。なんなんだよ。これ、試されてますよね。ブチ切れ5秒前の私の理性が吹き飛ぶ瞬間を模索されていますか。ひび割れたコンクリートで支えられたお水満杯のダムみたいなものです。ランボー怒りの土石流待ったなし。
うっかり電車の中で読んだので、怒りでプルプルしている私を見ていた通勤客は「なにかに罹ったのか」と思ったかもしれませんが、確かに普通ではなかったかもしれません。
しかしながら、今年47歳になる私は、アンガーコントロールをこのところ実践しています。6秒。6秒だ。息を吸って吐く。我慢我慢我慢我慢。こんなことで怒ってはならない。落ち着くんだ。目的地に着いたらコーヒーでも買って飲もう。他のことを考えよう。そうだ。株価はいまどんな感じかな。
落ち着いた。あー、落ち着いた。これでもう余計なことを書かずに済むのではないか。いやー、良かった良かった。
と、目的地の御茶ノ水駅で降りた途端に「あの馬鹿どもめ」と思い出してしまうのが私の悪いところでありまして、ポケットからスマートフォンを取り出すや、怒涛の反撃をメッセにぶつけるつもりでした。
しかし――
あなたはこのグループを利用できません
おい!!! グループからBANされとるがな。外す? ねえ、普通これで外すかい? おかしくない? まだ先方は私がブチ切れてることを知らないでしょうから、いまは最初の私の穏便な一文だけが流れた状態ですよ。何でグループから追放されておるねん。
何このやり場のない怒り。ちょっとあり得なくない?
上等だ。こうなったら、全力でこの「コロナウイルスはお湯で殺せる」デマを流しているお前らと向き合ってやる。絶対に許さない。忌わの瞬間までお湯飲んで健康を祈るがいい。
必要なものは援軍だ。怒りがマキシマムなこの私の恐ろしさを思い知らせてやる。そういえば、近所のあの女の子の父親が医者だったな。さすがに彼ならパパ友だし、まさか「ウイルスはお湯で死ぬ」件で同意はしなかろう。
えーと、電話電話。電話番号どこだったかな。いつもSNS経由でしか連絡取らないからグループを追い出されると連絡先良く分かんないんだよね。
駅のホームで背中を丸めてスマホ操作しながらいそいそと調べものをするわたくし。しかし一向に連絡先は出てきません。どうしてこういうときに限って目的となるデータが出てこないのだ。イライラする。超イライラする。いま、まさに刻一刻と有害なデマ情報が知能の不足した保護者の間で回覧され、理解力の乏しいママ友の間でウイルス同様に伝播していっているというのに。
止まれ。時間よ止まるのだ。私は正しい知識を伝えなければならない。ニセ科学やデマにより、間違った対処法を行い安心してしまうようなご家庭が増えないよう努力するのが開明的な人間である私の務めではないのか。早く、早くパパ友の医師に電話をしてこの窮状を伝えなければ――!!
悪戦苦闘すること数分間、よく考えたら設定で私はパパ友の電話番号を入手してなかったことを思い出し、愕然としました。あー、電話番号そもそも知らなかったわ。SNSの通話機能ぐらいしか使ってなかったんだった。
駄目だこりゃ。敗北感に苛まれつつ、とぼとぼと家路を急ぎました。しかしながら、私の瞳には燃え盛る炎が宿っています。帰ったらすぐに着替えて、ガセネタを流していたご近所一家のところへ突撃するつもりです。私に残された手はそれしかない。馬鹿どもめ、待ってろよ。
すると、見知らぬ番号から着信が。
「もしもし」
「あー、山本さんですか。いつも習い事でお世話になっている佐々木(仮名)です」
おーーー。まさに待ち焦がれた、分別つくであろうパパ友医師よ! すまん、本名すら知らなかった。まさか先方から私目に電話をかけてきてくれるとは。何という奇跡だ。神の差配だ。ありがとう、天にまします我らの父よ。
これは僥倖、事情を一万字以内にまとめて一気に説明せねばなるまい。と、電話口で大きく息を吸ったそのとき。
「いやー、うちの嫁がすいません。どうもウイルスがお湯で死ぬとか保護者メッセージで流しまくってしまったらしくて」
「え??」
「私もグループに入っているのでこれはヤバいなと思ったんですが、収拾がつかなくなってるんで管理者権限でグループごといったん解散させました」
「ええ??」
「山本さんにはご配慮いただいてありがとうございました。嫁にも『嘘流すな』とキツく伝えておきましたので」
「あっ、はい」
「お騒がせして申し訳ございませんでした」
「いえいえ、どういたしまして…」
私はしめやかに電話を切りました。
お前の奥さんだったのかよ。言われてみればそうだったかもしれない。でもグループいきなり解散って乱暴すぎない? 私だけ外されたのかと思ったわ。なんだろう、この限りない虚無を抱く心象風景は。無、あるいはしいて言えば紫色をした悲しみ。
ウイルス? そりゃお湯では死なないよ。でもね、私は人がたくさん乗った、大正義中央線に乗って自宅に帰って来たんだ。もし仮に、私が感染していたのだとしても、家内や子どもたちだけには伝染(うつ)さないようにしなきゃ。早く帰って、手を洗って、スマホを拭いて。あ、よく考えたら、明日その習い事の日だった。どういう顔してママ友たちに会おうか。
そう思いながら、もう子どもたちが寝静まっているであろう自宅の玄関を、そっと開けました。
※やまもと註:本稿は、佐々木さん(仮名)からの了承を得て公開しています。