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玉田優花子|Hommage au boudoir violet

玉田優花子|DU VERT AU VIOLET
記念コフレ『菫色の小部屋〜終幕のネセセール』
(2023)収録

DU VERT AU VIOLET

「月の位置が綺麗なので 
まだ眠りたくないと思っている」 
ニガヨモギと名付けられたわたくしの常である。 
これまで「拒絶いやよ」で奮っていた精神が、しかし ある晩、 
無防備にひらかれ 
た。切掛けは存じません。ただそこに在ったのは 
美学としての翳りについての、沈黙を含むお喋りと、 

隣のあなたの紫色の鱗粉が幽かに立ち上らせる香り、 
そして月の光。麗しき器の、 
金継ぎ、というしたたり落ちる月の光の香り。 
「夜空の月はなんて邪魔なの」と宣ふあなたラヴェンダーは 
感嘆符の形をしたハットピンと 
涙の形をしたパールの髪飾りに 
えもいわれぬ余韻を満たし、また出掛けていった。

 本年9月の松下さちこ様個展《惑星の花びら》に私も一部日程在廊させていただきまして、お目文字が叶いました皆さま、またコラボコフレ『植物書翰集 第一巻 アイリスと菫』をお求めくださいました皆さま、本当にありがとう存じました。サロン風完全予約制ならではの、ゆったりとした心とこころの交流を愉しめましたことに、この場をお借りして、改めて深くお礼申し上げます。SNSやブログ等に丁寧に綴ってくださいましたご感想も、とても嬉しく拝見致しました。身体と精神が健やかであるための、「私だけのブドゥワール」を「ネセセール」として携帯するための「秘匿の処方箋」を、この世の美と文藝の守護神であられるノール様より、あなたとわたくしとお揃いで処方されましたこと、大変に幸せです。

霧とリボン企画
松下さちこ個展《惑星の花びら》会場風景
(2023.9)
コラボコフレ『植物書翰集 第一巻 アイリスと菫』
松下さちこ個展《惑星の花びら》(2023)にて発表
玉田優花子|菫巡り
『植物書翰集 第一巻 アイリスと菫』収録

 霧とリボン様とは折に触れて、2019年よりお仕事をご一緒させていただいておりました。これまでお会いできました皆さま、活動や作品へご関心くださいましたすべての皆さまへ、心よりお礼を申し上げます。菫色の小部屋に集う方々は、荻野弘巳『ヨーロッパ万華鏡』における記述を借りるならば、「非常に意識的な、人工的な、完成を目指して努力緊張したあげくの、"緊張緩和" であり余裕であって、初めから打ち解けた自然体でないことは、強調してもしすぎることはない」。陰翳や複雑さ、洗練や気取りを着こなした皆さま。先鋭な美学が頭をもたげた、穏やかで華やかな会話(に沈黙や小声や俯きが当然のごとく許容される)──ほんとうに稀有な時間と空間をご一緒できましたこと、一生の宝物となりました。

Model|玉田優花子
ドレス|mIRA. & 霧とリボン
帽子|銀座ボーグ & 霧とリボン
NIGHT CRUISE COLLECTION 2018AW
「夜間逃避行」より
Model|玉田優花子
帽子|銀座ボーグ & 霧とリボン
カフス|massaging capsule & 霧とリボン
Liqueur Collection Late Summer 2018
「MISS ROSE」より
Text|玉田優花子 & Mistress Noohl
イラスト|霧とリボン
ファッション・プレート集『MODERN MAUVE FLAPPER』

 「小さくとも志高く」をモットーとされ、「神は細部に宿る」お仕事ぶりで、これまで吉祥寺でのギャラリー運営に尽力されてこられたカリスマ店員ミストレス・ノール様ならびに霧とリボン様へ、既存の「最上級」の文法規則を逸脱した、かたちにならぬ最上級の敬意を捧げます。店先の鉢植えのお花たち(独自の花言葉で書翰を交わしているところの)、室内のストライプの壁面と美術作品、シャンデリア、そこここのリボン、蓄音機の音楽、調度品、香り、ファッション・プレートや書物。あの「菫色の小部屋」の光景の思ひ出はわたくしたちの裡で生き存え、思ひ出の処方箋に有効期限はなく、苦しいときはいつでも自分で自分に「秘匿の処方」をすることができますでしょう。霧とリボン様、そして皆さまとの再びのご縁を楽しみに、それまでどうかお互いに健やかに過ごせますよう願って、筆を擱きます。

「菫色の小部屋」エントランス

玉田優花子|フランス語非常勤講師・翻訳家・詩人
かつては19世紀末フランス詩の研究を志していました。現在の専門はフランス語教育ですが、詩への関心、言葉への愛は変わらずあります。霧とリボン様との主なコラボレーションは、ポール・ヴェルレーヌやテオフィル・ゴーティエの詩の翻訳、リアーヌ・ド・プジィ編集雑誌記事の抄訳、ファッション・プレートの物語の執筆など。

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