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[思い出]落語家:柳家小太郎 改メ 柳家㐂三郎師匠

https://rakugo-kyokai.jp/variety-entertainer/member_detail.php?uid=238

引っ越しのことでヤキモキしている最中。note更新が出来ていなかった。
もう去る東京生活を振り返っていると、この生活に潤いができたのは落語との出会いがあったからと気づく。

落語との遭遇

一番最初の落語体験、それは地域寄席だった。
転居して3か月ぐらいだろうか、本当に何気なく「東京来たから、また異動になる前に良い思い出を作ろう」と地域周辺のイベントを検索したら、たまたま引っ掛かった。

それまでの落語の印象と言えば、寿限無が演目というのは一般常識程度に知っていたものの、着物着た人が一人、演芸するというイメージで。まともに聞いたことも無かった。

その地域寄席は、主催の方がかなり情熱的に活動をされていて。
開催頻度は四半期に1回程度ながら、毎回出演される落語家に事前インタビュー&記事化して、落語の間口を広げるとともに落語家さんをも応援する形で運営されていた。

なので、その時の出演者=柳家小太郎さんの略歴や人物インタビューなどは開示されていて、その内容が面白かったのもあって、とりあえず予約してみた。

初めての落語

「楽しみ」というより「どんなんだろ?」の気持ちが強く。最後まで気持ちが持つかどうかという心配も併せ持ちながら出席した。

最初の演目は「初天神
渋る父を煽てたり脅したり(?)して、新年で賑わう初天神に連れて行ってもらう話。小太郎さんの見た目も小僧っぽいところがあって(良い意味で)、父子の会話にどんどん引き込まれていった。

その一席が終わった時は、どうやら半数ぐらい私のような気持ちの観客がいたっぽかったが、場が温まり、空気が変わっていた。

2席目は「夢八
小太郎さん曰はく「不謹慎なネタが十八番」らしくて、若干ホラーな展開のこの話を。まともに考えたら怖い話なのに、出てくる登場人物のキャラの濃さ、テンポの良い話運びで、笑いが止まらなかった。

3席目は「甲府ぃ
こちらはガラッと変わって、人情噺。笑いどころがどこか探している(期待している)自分がいたものの、中弛みもせず聞けた。

ただ聞いていただけなのだが、自分の中の喜怒哀楽が揺さぶられ、いつの間にかガードが固くなっていた心の底から、温かい何かが溢れだしたような…変な話、聞き終えた後に「自然と人にやさしくなれる」そんな心持になった。

落語への扉が開く

聞き終えた後、何とも言えない幸福感に浸れたので、閉会後にお見送りと勉強会のアピールをしていた小太郎さんに、思い切って声を掛け、勉強会への参加の仕方を聞くという行動に出てしまった。

その後、初めて見たのを親と思う雛のように、よくわからない地図での方位磁石のように、小太郎さんの出る勉強会や寄席を中心に、いろんな落語家さんを見るようになっていった。
ビックリするのは、都合がつけば、都内だけではなく名古屋や大阪まで遠征までしてしまった自らの行動力である。

これから

心残りは、コロナ禍でなかなか行けないこと。
私が落語にハマるきっかけとなった地域寄席は、ずっと再開されないままである。
そして、今年襲名された小太郎さんのお披露目前後には行けなかったこと。
㐂三郎師匠になられてから(オンラインを除いて)一席も聞けていない…

㐂三郎師匠は残念なことにインターネット関連に弱い?らしく。
自らネットで情報公開したり、配信したりされないので…。
なので、先日「梶原いろは亭」さんの配信に出演されたのは有難かった。

転居予定地では上方落語中心になるのだろう。
今まで私が見てきた方々は東京中心のため、有名な師匠達と違ってなかなか関西には来られない。ましてやコロナ禍も収束の見込みがつかない中、東京へ気軽に行けるという物でもない。

その点で、江戸落語界から離れる喪失感は結構大きい。
関西に行けば、また新たな出会いがあるとは思うけども、自分のメンタルを支えてきた部分がそうすんなり変われるのか、不安がある。

仕事面、生活面では「これで良かった」という部分が大きいものの。
なかなか、文化面というか精神安定的な面でのモヤモヤが晴れないのが厄介な所だ。





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