実況僕「この試合は長くなりますね〜」←コレ

って言うことあるじゃないですか。じゃあ長い試合をしてはいけないんですか?という疑問があってはいけないので偶には実況解説の話でもします。

先日の日中交流戦でゴチルゼルの使用に対して苦言を呈する人が居ました。

別に普段なら渦中に飛び込まずスルーするのですが、私が携わるコンテンツにまで影響が出たら流石に嫌なため、アレコレ言及しようと思います。

・前提
競技とは勝利を何より追求する精神が尊重されるべき場である

私自身葉桜杯や他の大会を運営する上で一番大事にしている事です。この参加者の精神を無碍にせず、彼らの思いを叶えてあげられるかを毎日考えています。

大会の配信はその参加者の苦悩や挑戦をストーリーとして切り取り、視聴者に伝えるツールとして極めて優秀です。しかし、ストーリーとして視聴者に伝えるためには対戦その物だけでなく、それらに付随する物まで視聴者に伝えなければなりません。

なぜ実況・解説がそこにいるのか。理由の一つとして、このストーリーを伝えるために欠かせない存在だからだと私は主張します。勿論試合の内容を詳細に解説する事は大切なことかもしれません。しかし、試合を理解する事自体は一部視聴者側でもできることであり、たかきおすの実況は喋りが下手だしエアプが透けてキモいと感じるのであればミュートにすれば解決する問題です。

配信以前に大会の対戦とは参加者の為にあります。

第三者によってストーリーを描く事や、第三者がそれらを享受できる環境を作る事は、結果として参加者が勝利を追求する上でその価値を更に引き上げる事に加え、他者によって更に認められるものになると考えています。

対戦そのものだけを視聴し、理解することは極めて難しく、可能な人間は極めて限られています。加えて、今主役として登壇しているプレイヤーは誰か、彼らが何を目指しているか、彼らの勝利を追求する精神とは何かをゼロから把握出来る人間は居ません。

しかし、実況・解説がいることでこれらの問題を解決できる可能性が極めて高くなります。試合のどこが凄いのか。この人たちは誰なのか。彼らの姿勢とは何か。勝利を追求した結果を伝えることが叶います。

実況・解説が試合を伝えるということは主役であるプレイヤーの精神を言語化する行為です。そして競技の場におけるその精神とは勝利を追求することであり、我々はそれらを尊重します。

ですから、他の方々は分かりませんが、僕が実況する試合に関してプレイヤーにお願いする事があるとすれば、「勝利を追求する精神」を持ち続ける事でしょう。

レギュレーションの上でそれを行うとはいえ、意図せず誰かにとってつまらないと感じたり、事実として絵が変わらないことだってあるかもしれません。しかし、それが「勝利を追求する精神」であれば競技であれば尊重されるべきですし、それが意図的なものであっても「勝利を目指す上での最善手」だと主張するのであれば、それを見せて貰えると嬉しいです。

この試合は長くなりますね〜、では試合が決まるポイントを整理しましょう。そこさえ見落とさなければ二人が何を考えているかだけでなく、他にどの選択肢を見ていたのか、彼らが用いる手段がどれだけ優れ、その起源とするものは何なのか。また違った視点から彼らのストーリーを視聴者に届けることが彼らの精神を尊重できると考えています。

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