「頂戴姫」第2話

 本土の港は船で溢れていた。満杯なところに更に船が停まっており、船をロープで連結することで無理やり繋留している。ごちゃごちゃしていた。
 島に近いところに建つ背の高いホテルがいくつか避難民のために解放された。

「こちらです」
 警備ロボットの音声とホログラムで誘導される。灰の降る中ギアロも浮かない顔で人の流れに付いて行った。

 ロビーはすでに半分ぐらい埋まっていた。ギアロはキョロキョロと見渡す。目当ての人は自分を手招きしていた。家族だ。
「良かった、二人は無事だったんだ」
 そう声を掛けた彼を二人はぎゅっと抱きしめた。
「ギアロこそ無事で良かった」
「ほんと、もしものことがあったら……」
 言って二人はギアロを離す。
「それで……ミリアは?」母親が不安そうに尋ねた。
 彼は何も言えなかった。
 二人はすぐに察して悲しげな顔になり、「とりあえず座ろう?」と言って三人は並んで座った。

「あ、ギアロくん」
 三人の前に現れた男女二人組。不安そう且つ期待に満ちた顔。ミリアの両親だ。
「ミリアは?」
 ギアロは顔を伏せた。
「……すみません、離れていて分からないんです」
「でも今日デートだったんでしょう? ミリア楽しみにしてたよ?」
 ミリアの母は言った。ギアロは込み上げるものがあって目が見開かれ口がぎゅっとへの字に曲がる。
「もしかしてあの子、またいつもの……」
「あいつはどうしてああなんだ」
 ミリアの父親は苛立ったように頭をおさえた。


 ロビーは島民でいっぱいになった。
 ミリアの両親は不安そうな顔でミリアとの連絡を試みている(傍から見れば中空をつついているように見える)。しかし噴火の影響か通信が不安定になっていた。連絡先一覧から何度もコールしていたが、『インターネットに接続されていません』と表示されるばかり。同じような姿はそこら中にあった。ギアロも同様だ。
 彼の両親は二手に分かれ歩き回っていた。母はロビーの奥に伸びる廊下に向かい、そこでニコラオを発見した。

 やがてロビーの受付の前に警備ロボットが来て、『避難活動終了のお知らせをします』と告げた。まだ説明があるようで、人が集まる。受付の壁に掛けられた時計は四時半を指していた。
 ロボットは言った。

『現在、通信障害が発生しており、我々は緊急時モードに移行しています。コミュニケーションや活動に制限や手間が掛かっており、情報は完全ではありません』

『島に近づけなくなったため活動を終了しました』

『南部は本土から離れているため他よりも時間を要しましたが、噴火の影響が主に北から東にかけて及んでいるため、南部、そして西部には大きな被害はなく、住民はみな無事です』

『北部と東部ですが、中腹にかけて溶岩が流れており、また地割れや火山弾などで被害が甚大です。自治ロボットの計測では、識別番号を確認できていない方が百名ほどおり、逃げ遅れた可能性が高いです』

 息を呑む声や短い悲鳴が聞こえた。

『まもなくこのホテルのローカルネットワークが使用可能になるので、《緊急時のアクセスコード》をお持ちの方は番号を確認してください』

 話が終わった。ミリアの両親が娘の番号を確認した。不安そうな顔は絶望に代わり、ギアロたちへ悲しげにかぶりを振った。ミリアは島に残っているらしい。


 噴煙はまだ空を覆っている。西の方は遠くに青空があるが東は延々と黒と灰色。南北にも広がり、このホテルにも雪のように舞っている。
 そんなホテルの正面、屋根の下で、ギアロはベンチに腰掛け、島を眺めていた。
 灰は島全体に降り積もっている。粘度の高い溶岩が中腹まで届き、北から東にかけて黒い大地に塗り替えている。ギアロからでも火口付近は見えた。
 彼の横にはニコラオが座っている。
「神が死んだのはいつだっけ」彼は腑抜けた顔で言った。
「さあ。何百年も前だろうさ」ニコラオは覇気のない顔で答えた。
「でも俺は、神に祈ることしかできない」
 彼は頭を抱えた。手の中には指輪の小箱。
 ニコラオは天を仰いだ。



 翌日の正午。噴煙はぐっと背が縮み、周辺は晴れ渡っていた。溶岩流は止まったらしい。通信は回復したがミリアは電話に出ない。
 島にはロボットが派遣された。様々なタイプの自律型ロボットが空と陸の両方から調査した。

 丸一日捜索したが人は見当たらず、また死体も見つからなかった。
 しかし発見もあって、中腹近くの地割れの中に人工物らしき地下空洞があったのだ。そこに避難した可能性が高いとされた(ミミズロボがレーダーによって発見)(ミリアが落ちたもの)。
 溶岩は無かったが軽石や瓦礫などで塞がっていた。空洞までは数百メートルあったため、すぐさま掘削機能を持つロボットなどが集結した。崩れないように壁や天井を補強しながら掘り進めていった。

 噴火から三日目。
 昼前。地下空洞へ繋がったと発表され、人が集まった。多くの人の識別番号が確認されたと言う。喜んだのも束の間、中継映像を見て皆が目を疑った。「なんだ今の……?」困惑がこぼれる。直後、雷光のような光が画面を埋め尽くし映像は途絶えた。


 噴火から十四日目。
 ついに上陸が許可された。ロビーの時計が正午を指したころ船が出た。晴天で波は穏やか。
 出たのは一隻だけ。乗員は二十人だけ。全員の表情が険しい。嘘であってほしいと願うような顔だった。しかし島に近づき、その表情は落胆や悩ましげなものに変わった。あの映像は嘘ではなかった。

 青白い肌をした人間がウヨウヨと。
 まさしくゾンビのように、虚ろな顔で徘徊していた。
(それを見てニコラオはライターと、ズボンのポケットに捻じ込んだスプレーを確認した)


 島に着くなりギアロとニコラオは飛び出した。灰は建物にこんもり積もってるが、道路は雪のように脇によせてあり、多少灰が舞うものの大した障害にならなかった。邪魔なのはゾンビのようになった島民たちだ。彼らは「あぁぁぁ」と呻きながら、何かを求めるように手を伸ばしてくる。ひょいひょいと縫うようにして走って行く。

「ぬわっ」
 飛び掛かられ、ギアロは押し倒された。肌の冷たさに驚きつつ、顔を確認する。「あっ、こいつ。あのときのマフィア」ミリアを売り渡した男だ。ムカついてきた。「いい機会だ、一発ぶん殴っとこう」
「待て待て」拳を構えたギアロをニコラオが羽谷締めのように止めた。進行方向へ引きずって行く。ゾンビは噛みついてこなかった。しかし掴んで離そうとしない。ギアロは男を足蹴にした。手が離れる。

 再び並んで走り出す。今度はニコラオが飛び掛かられた。「あっ、こいつ。親父じゃん」ニコラオの父親だった。同じ髪色で、口元の同じ位置にほくろがある。「てめえ女遊びで破産しやがって。母さんの分もぶん殴ってやる」
「待て待て」拳を構えたニコラオをギアロが羽交い絞めのように止めた。進行方向へ引きずって行く。ニコラオが蹴って父親は手を離した。


 噴水広場、サッカーコートを過ぎると、すぐさま左側の遠いところに地割れが見えた。そのまま道なりに行ってミリアの家の近くまで来た。山の方には溶岩がどっしりとあり、手前にはバリケードが張られている。熱気が伝わりギアロたちは顔を顰めた。続いて地割れの手前に立ち、更に顰める。
 数十メートルという異常な規模。それもジグザグではなく比較的綺麗な楕円形だった。

「自然現象とは思えないな……」

 周囲には建物の瓦礫や火山噴出物の他に破壊されたロボットの残骸がある。

「おい、あれ」ニコラオが割れ目の中の、海に近い方を指す。「坂になってる。ロボが掘ったのあれだろ」
 瓦礫などは無く、なだらかな坂だった。ただし大量の足跡が海の方へと続いている。

 二人は少し海側に戻り、坂の入口に立った。脇には人間よりも大きな丸い岩がある。
 ほぼ真上からの太陽で道は明るい。二人は駆け下り、割れ目の半ば程で立ち止まる。
 ここからは洞窟だった。つまり例の地下空洞の入口だ。大きな鋼鉄の扉が左右に開かれており道は繋がっていた。
 ギアロの顔に緊張が走る。二人は懐中電灯を出して踏み出した。と思ったら彼は足踏みしていた。ニコラオは黙って背中を殴るように叩く。「痛って!」。彼は勢いで前へ踏み出した。
「先行くぞ」
 ニコラオが彼を置いて行くように走る。彼も歯を食いしばり、走り出した。
 少し下ると、
「明かりだ」
 二百メートルほど先に仄かな白い明かりが確認できた。アーチ状の開口枠。その先は平坦になっており、部屋があると想像させる。


 ――怖い。暗さだけじゃなくて、何か別の……。もう結構ギリギリなのに……。そんなことを思いながら彼は開口枠をくぐった。


 部屋と言うには広かった。体育館ぐらいある。内装は聖堂のよう。明かりは中央にシャンデリアが一つ。蝋燭の形だがLEDのようだ。

 そして最奥の祭壇に、青白い肌の女がいた。シャンデリアに仄かに照らされ、闇に微かに浮かび上がっている。金髪、黄色のワンピース、裸足。膝を抱えてその間に頭を埋めている。
 ギアロは悲痛な顔をして尋ねた。

「ミリアか……?」

 彼女はゆっくりと顔を上げた。長い前髪が顔の半分を隠し、もう半分から覗く白みがかった瞳孔が威圧的に睨んでいる。
 彼は思わず一歩退いた。その反応に彼女の目が更に鋭くなった。

「あんたは愛をくれるの?」

 かすれた声で彼女は叫んだ。
 どういう意味だ? と彼は困惑したが、

「俺は」退いた一歩を前に出す。「俺はミリアを愛してる! 誰よりも強く!」

「じゃあ寄越せ‼」

 害意のある咆哮。彼女の長い髪がぐいっと伸び、八つに分かれて物凄い勢いで彼に迫った。先端は槍のように鋭く、弾丸のように直線的な軌道だった。それらは彼に巻き付こうとした。

 彼は反射的にしゃがんでいた。
 髪の毛が頭上で空を掴んでいる。それを見上げて、彼は悲しげに目を潤ませた。


最後まで読んでいただきありがとうございます