柏谷

創作

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最近の記事

 近所のコンビニのチューハイコーナーに陳列されているそのほとんどがレモン味ばかりだった。メーカーや品名が違えど、どこもかしこもレモン、レモン、レモン、脳が勝手にレモンを思い描いて、その酸っぱさに舌の上が鈍く痺れ、額の生え際には熱い汗が吹き出た。  唯一の"レモン以外"隅に追いやられているブドウと桃。アルコール度数は3パーセント。ふざけるなよ。  酔いたい夜に限ってこうなのだ。まるで、誰かが私に警告しているかのように。  わたしがここにいることが誤りだったんじゃないかって思う

    • ことばぎらい3

       本の次に燃やされるのは身体なのだろうか、と、レイ・ブラッドベリの『華氏451度』を読んでからずっと考えている。物語の中では、教養の有無の差で格差が生まれてしまうからという理由で教養の糧となる本を燃やすに至ったわけだけど、格差を失くすには他人との差異そのものを物理的に取り払うべきという理屈なら、やはり、他人との差異が最も分かりやすいと言っても過言ではない身体に順番が回るだろうと予想する。そして訪れるのは、身体から魂だけを抜き取る技術だったりして。もし、わたしたちの存在が魂だけ

      • 真夜中に餅をつき、イチゴと餡子をくるんだら

        ルビーの原石になった

        • ことばぎらい2

           なあにと振り返る無邪気な表情見たさに、用もなく名前を呼んだことだって何度もあった。だのにいくら呼んでも、死体のようにピクリと動かない。息は、と耳を潜めると、やわらかな風邪が鼻腔と通る呼吸音と同時に紙のめくる音がした。本を読んでいる彼女の周りだけ、空気が張りつめているようだった。まるで青い雪原の真ん中にいるようだった。まるで忘れられた炭鉱の中にいるようだった。まるで宇宙の片隅にいるようだった。手を伸ばせばきめの細やかな肌に触れられる距離にいるのに、彼女のたましいはここにはなか

          ことばぎらい

           くたくたになった花布に人差し指を当ててそっと手前に抜けば、紙の甘いにおいがした。そうだこれは紙、振り上げるとひらひらと風になびく紙、ちぎれば容易に破れる紙、それを束ねて本にすれば、積み重ねる度ずっしりとした音がする。そのうちの1冊を徒らに選んで開く。ページいっぱいにびっしりと並んでいた黒文字が、小蜘蛛のように這い、列を乱し、もつれた文字列はちぎれにちぎれて記号になり、やがて白紙に還る。わたしは本が読めなかった。

          ことばぎらい

          飼っている鶏が卵を産んだ

          めでたいので爪を卵黄色にした

          飼っている鶏が卵を産んだ

          青と庭園

           大阪で「なんば石ころマーケット」なるイベントがあったので行ってきた。  青と灰。人知のすこし先をゆく、カバンサイトの珍奇な色の組み合わせにはずっとあこがれていた。カバンサイトと言えば、チラチラと細かな輝きを見せる灰色の結晶の上に、ブルーキュラソーを垂らしたように青い結晶がちょんと乗っかっているものが一般的だが、今回見つけたのは、母岩の隙間から青い結晶が覗いている形状。青い結晶の主成分であるバナジウムの濃い原産地からうんと離れてしまった今、これ以上結晶部分が大きくなることはな

          青と庭園

          文学のおわりに

           驚いてもらうために髪をうんと短くしたことを今日までずっと黙ってた。そんなことをしめしめと考えているわたしを、あなたはまた「へんなやつ!」と笑ってくれるだろうか。もしくは、ずいぶんと印象の変わってしまったわたしにあなたは気づいてくれず、延々と待ち合わせ場所で落ち合えなかったりして。わたしの方こそ、大勢の人が行きかう炎天の下であなたを見つけ出すのはきっと難儀すると思っていた。だからこそ照れくさかったのだ。紫煙を吐きながら遠くを見据えて考えごとに耽る横顔を間近で確認するまでもなく

          文学のおわりに