【禍話リライト】傘少女

 民俗学系の活動をしている大学生がフィールドワークの為にある田舎を訪れた。バスは二時間に一本しかなく、バスを降りて見渡すも田圃ばかりで人家などの建物はほとんどない。人や車も全く通らない。
『この調査は骨が折れるものになりそうだ』
 彼は気合いを入れて調査を開始した。
 道中の写真をデジカメで撮りながら、住民を探して話を聞く。住民を探す、と言っても道をてくてく歩いていればすれ違えるという筈もなく、畦道などを通りながら田圃の向こうで農作業をしているご老人に大声で呼び掛けたりなどして漸く話が聞ける。また、当たり前のものとして住民には受け入れられている建築物や民具、地域に点在する史跡なども記録する為に歩き回った。
 そういった苦労の甲斐あって、一定の収穫を得ることができた。あとはまとめるだけ、と帰っていたところ、雨が降り始めた。鞄の中の資料やデジカメを濡らしたくない彼は急いでバス停へ走り、雨宿りしながらバスを待つことにした。
 次のバスは一時間後。張り出したトタン屋根の下、風が吹けば降り込むバス停の粗末な椅子に座りながら待つ。その間に今日撮り溜めた写真を見ようとデジカメを取り出した。田畑、道、民具、山の入口、史跡、家屋。それらをどう使ってまとめようか、構想を描いていった。
 なおもまだバスは来ない。デジカメの画面に注目するのにも疲れてふと顔を上げた。
 見渡す限り雨に濡れる田圃が続き、遠い山の麓で切れている。建物がほとんどないため遮蔽物も無く見渡すことができた。変わった物も無い、寒々しい風景が広がっている。
 その中に、赤い子供用の傘を差し、長靴を履いている幼稚園児ほどの女の子がひとり、遠くの方からこちらへ畦道を歩いているのが見えた。この風景の中で赤という色は相当目立っていて、自然と目が釘付けになる。
『こんな雨の中、あんな小さい子をひとりで出歩かせるか?』
 実際、時々泥濘に足を滑らせるらしく、女の子の体が傾く時もあった。それでもたどたどしい足取りで歩いてきている。他に見るものも無い彼は危なっかしい歩行を見守っていた。
 どんどんと女の子が近づいてくる。ぼんやりとその姿を見ていたら、次第に不安になってきた。理由はわからない。今、この風景に不安になる要素は無い。それでも不安は益々増していくばかり。
『そういえばあの辺り、晴れてる時に通ったな』
 再びデジカメを確認した。数枚流し見すると田圃が画角いっぱいに収まった写真があった。まさに女の子が歩いている畦道の場所が写っている。しかし……。

 その写真に畦道は写っていなかった。
 女の子が歩いている所、畦道だと思っていたそこには、中学生がすっぽり入ってしまうほどの用水路が田と田の間を通っている。
 あそこは道ではない。
 あの歳の子が歩いていたとしても、用水路に入りきって見えないはずだ。
 まして、長靴など見えるはずが……。
 再び女の子の方を見やった。
 が、そこに居たのは女の子ではなかった。
 中年の女。
 明らかに中年の女が赤い傘を差したまま、そこに蹴る地面などないはずなのに、身体を躍動させ、尋常ではない速さで走ってきている。

 彼は雨に濡れることも厭わず、次のバス停へと疾走した。辺鄙な田舎の路線であるため、かなりの距離があるものの、走って、走って、走り続けた。それが原因で彼自身体調を崩し、デジカメなども全部駄目になってしまって、データは一つたりとも残らなかった。


 異常な体験をした彼だが、特に怖かったことがある。
 それは女の持っていた傘のこと。
 女があのような変貌を遂げたにもかかわらず、あの赤い傘だけ子供用の小さいままだった。差す意味もないようなそれを差して、ずぶ濡れになりながら走ってくる姿に何よりも恐怖したのだった。






※こちらは私が採集した話ではなく、FEAR飯のかぁなっきさんによるツイキャス『禍話』にて語られた「傘少女」という話を再構成し、文章化したものになります。
※ 公式ルールに基づき、公式関係者以外の本リライトの使用(朗読のテクストなど)を禁じます。

『震!禍話 第一夜』
こちらが「傘少女」が語られた放送回です。是非、かぁなっきさんによる語りも聴いてみてください。

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