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案外 書かれない金継ぎの話(19) 錆と刻苧の私的考察〈前編〉

錆と刻苧の概略を説明したので、今回は私が使っている錆と刻苧について考察も交えて書きたいと思います。かなり私的に偏った内容になりますが、何かしらの参考になれば幸いです。

漆に物を加えるということ

以前に陶磁器と漆の相性はあまり良くないと記載しましたが、それでも実用陶磁器を直すなら、安全性、接着力、耐水耐熱性などを総合し現状で漆が一番であることは恐らく間違いありません。

それを踏まえて大切なのは、漆に物を加えると、その割合が増えるほど漆の強みは低下するということです。
例えば、砥の粉の割合が増えるほど硬度は上がりますが、緻密性や耐水性は低下します。木紛を入れると切削加工性は良くなりますが、硬度や密着性は落ちます。糊を添加すると粘着性は上がりますが、耐熱水性や耐久性は下がります。
添加は混ぜた物のメリットが加算するだけではなくデメリットも付加されます。従って、修理目的に合わせ、何をどんな割合で加えるのかは吟味する必要があります。
日常使いが出来る器の修理は出来るだけシンプルな配合で、漆の能力を残す事が優先ではないかと私は考えています。

錆の場合

欠け埋めのための錆は、漆と水と鉱物粉のみです。いろいろな比率を試した結果

砥の粉10,水5,素黒目漆5(重量比)

可塑性が十分に出るまで練ったものが、接着性、乾く時間、硬度が良好で、耐熱水性も実用に足るということで落ち着いています。

水を加えると硬度が落ちるとする説もありますが、水は最終的に放出されて残りませんし、水分量を変えて試した限り硬度に差はありませんでした。
水を加える事のデメリットは、水分が抜ける時の収縮(肉痩せ)が大きくなる事で、練りが足りなかったり、塗った厚みにムラがあるとヒビ発生の可能性が上がるため、それを硬度が落ちると表現したのではないかと考えられます。

混ぜる順番は特にありません。以前に『砥の粉+水に漆を混ぜたもの』『砥の粉+漆に水を混ぜたもの』『水+漆に砥の粉を混ぜたもの』は何が変わるのかと試したことがありますが、順番よりも練る度合いを注視する事が重要だと分かりましたので、今は計量して一気に混ぜています。

刻苧の場合

錆に刻苧綿(亜麻)を加えたものを刻苧にしています。亜麻の刻苧綿が入手できない方は化粧用コットンを千切ったものでも代用できますし、細繊維質であれば大抵代用が効きます。上記の錆に、刻苧綿を外割で5(〜7)%入れています。10%入れると固過ぎて食いつきが悪く、乾燥した時の硬度も下がり、研磨しても表面が荒いので7%を上限にしていますが、使用する綿の種類により割合は変わりますので、ご自身の使っている綿で試験してみて下さい。

砥の粉10、水5、素黒目漆5、刻苧綿1〜1.5(重量比)

混ぜ方は錆と同様で、特に順番はありません。1gを超える時は砥の粉と刻苧綿を先にシェイクしておく方が刻苧綿が分散し易いです。

木粉の刻苧について

乾きの速さや切削加工の良さから木紛の刻苧を勧める場合もありますが、私が見てきた限り、実用条件では経年で反りそりが出たり、吸水で繊維が腐って取れることがあるため使っていません。
縄文時代の出土品に漆器があるので木粉の刻苧は丈夫だと書かれる事がありますが、恐らく殆どの物は分解してしまい、かなり状態の良かったものだけが残っていると考える方が適切で、特に木粉の刻苧は陶磁器とは相性が良くありません。
木椀のように同じ材ならば的確な使用だと思いますが、陶磁器とは温度による体積変化が違うため接触面にかかる負荷が大きく不具合が出やすいのではないかと思います。石壁の穴に木屑を埋めていると考えると理解しやすいと思います。異なる材質を用いる場合、温度変化の大きい環境では接合面にストレスが掛かります。実用食器は10〜90℃位の温度幅の中で使われたり、洗浄で浸水と乾燥を繰り返しますので、錆や刻苧の骨材は木粉よりも鉱物粉の方が陶磁器に近いと私は考えています。
勿論、そうしたストレスの掛からない状態で使うとか、すぐに修理の出来る環境なので耐久性は求めないなどの条件があれば木紛でも十分だと思います。

同様に、刻苧には糊も入れません。(糊についての説明は、接着編で詳しく説明していきます。)

計量について

仕事を始めた時から、器の状態や修理内容はカルテとして残すことにしている事と、極力作り過ぎて無駄にしない目的で、混合は必ず計量器で計測しています。計量器はA&D(エー・アンド・デー)の0.01g計量が可能な電子天秤を使っています。15年使って壊れず数値も正確なのでA&Dの計量器はコストパフォーマンスが高くお勧めですが、目安程度に分かれば良いということなら、もっと安いもので良いと思います。(末尾 計量器参照)

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計量器(A&D HL-100)

次回は、陶磁器の修理屋としての私的考察を更に深堀りさせて頂きます。お時間のある方はお付き合い頂けますと有り難いです。

(つづく) - ご質問は気軽にコメント欄へ -

(c) 2021 HONTOU , T Kobayashi

<参照:A&D電子天秤>

<参照:安価な電子天秤>


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