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水棲世界

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金魚から見えるもの
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水母

水母

わたしはテーブルのうえ、料理を食べる選択をする。いや、正確には料理とすらいえない代物やもしれず。ただ、その料理がわたしであると理解していたんだ。

フォークに刺したそれを鼻先に近づけてみると、幽かに青くさい。若い青麦のにおいがする。
 
 
 
それは生まれたにおい。
耳のない猫が言った。

生まれたにおい。それを聞きながらわたしは、躊躇うことなく口へと運ぶ。生きていた、死んでいたより、それはほん

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水母

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それは、耳のない猫である。

死んでいたんじゃないかな。
そう言ったのは紛れもなく耳のない猫だった。

死んでいた、それは生きていたことを示唆するものだ。それをまるで昨日は晴れていた、とでも言うように宣う猫。
 
 
 
その猫のひげを爪弾く女と、本体がどちらかを熟思うとでも云わんばかりのひげがジヨン、ジヨン、ジヨンと掠れる。

召し上がれ。
女が猫のひげを爪弾きながら呟いた。

そうであるなら

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水母

水母

女の罪があるとするなら、それは美しさの所以。

砂糖漬けの猫が目の前の皿にあったとしても、それすら女の美しさひとつになってしまうだろう。

女の目の端に映る猫の模造のように、間口に突っ立つわたしから女が目を落としたテーブルは、凡そなにがどうにも不釣り合いな部屋造りのなか、猫足の椅子とともに据え置かれている。
 
 
 
 
にゃあ、と女が鳴いた。いや、鳴いたのは、
わたしの心臓のまえに取分けられた

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水母

水母

雪のした温もる土に咲く水仙がいた。
或日の雪を解かし、陽のもとに生まれ出づればそれは一鳴きニャアという。

無論、猫ではない。
水仙は鳴く。真実を知るなら厳冬の雪を割り、耳を澄ませてみるといい。びょうびょうと吹く北風に負けぬよう。
 
 
 
のちに冬の扉を叩くひとありて。扉をそろりと開ける白い指と真綿の紬が覗く。雪女、そのような今は昔の世俗を語り継ぐわけでなく、ただの女であろうものだ。

しかし

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