銀座へ13分
「10日目の真鯛です」
砂糖は入れてないのに酸味はまろやかで
特別に取り寄せたという赤酢の酢飯
丁寧に
丁寧に
熟成されたネタ
渾身の一貫
狭い店内のカウンター席に私達家族4人だけ
大将の熟成への熱い想いを聴きながら
一貫ずつ提供される
目をつむれば
ここは銀座だ
「こっちだけじゃ正直食っていけないから、昼間はお弁当もやってるんですよ」
*
「みんな今度の日曜日って空いてる?」
次女からみんなで食事に行かないかとのお誘いのLINEが来ていた。
みんな用事は無いよ。行けまーす
返事を返すと「予約しておいたから」と直ぐに返事が来た。
普段の次女は返信をなかなかしてこないのに。
今日はどうした素早い。
んん?予約?
わざわざ予約して行くの!?
か、かしこまった店なのか!?
………………
……まさか結婚!?
「私この人と結婚します」的な
紹介の場なのか?
「お父さん娘さんを僕にください!」的な
アレが用意されてるのか!?
いやいやまさか
お相手がいるなんて話聞いたことないんだからそれはイキナリ過ぎるだろ
……じゃあ
……か、金貸してくれか!?
それはそれでやばいだろ
金がない奴が率先して食事に誘って予約を取る?そんなの気が狂ってるとしか思えない。
当てたのか?
もしや
なにがしかの富くじ打出の小槌か?ぅわお!
そいつぁありがてぇ!!
まあ落ち着け
突飛なお誘いからのいつにない手際の良い段取りに、何か陰謀がかくされていやしないかと狼狽したが、サプライズ好きな次女のことだからおそらく「いつもありがとう」を形にするためのこっそり計画なのだろうと考えを落ち着かせた。前回のペルー料理お食事会のように…
まさか……!?
*
翌日
仕事中に見知らぬ電話番号から連絡が来た。
画面には局番から推測地域が表示されている。そこは、最近引っ越した長女の住む地域だ。
んん!?
固定電話からだ
長女の新しい職場からとか?
それともまさか病院とか?
け……警察だったら!?
とにかく一旦調べよう。
怪しくなさそうなら2度目がかかってきたら出よう。と、警戒して電話番号を検索している時に2度目のコールが来て、触れてた指先が切り替わった画面の「応答」に当たり応答してしまった。
オーマイガッ!
詐欺だとわきまえて「応答」するしかない
「昨日……の……で……た……ですがご予約の確認です。」
耳慣れないワードの羅列と
声のボリュームが足りなさ過ぎて固有名詞は何一つ判明しなかった。
詐欺グループだとして
聞き返しを楽しむ新手の「え?何?何?」詐欺なのだろうか。
ただ、「昨日」「予約」の重要単語で、次女がアプリで予約したことについての問い合わせだろうことが予測できた。
アプリ自体が架空で情報を抜き取られ変な請求をされるのだろうと予測して脇を固めていたが、どうやら電話口は店主で、最近予約サイトに登録はしたけどこうやって予約がきたのが初めての事だったのでどうしていいか分からず、もしかして詐欺とか冷やかしじゃないかと疑って、恐る恐る確認の電話をしたのだという。
まったく世知辛い世の中だ。
予約人数を確認され、ちゃんと家族人数だけだったので「この人と結婚します!」と、ペルーの皆さんとのお食事会では無いことはわかった。
*
予約されていたのは隣の市にあるお寿司屋さんだった。
ま……
回ってない!!
回らずの寿司だ!!!!
ひょんなことでサプライズの一部が見えてしまったのでこの際どんな店か写真だけでも見ておこうと食べログをのぞいてみた。
おいおい
ゲタから洒落とるぞ……(汗)
そういえば電話口で店主が「夜はコースのみになるのですが」のようなことをポロッと言っていたが……(汗汗汗)
庶民が行っていい店なんだろうか!!!?
夜の寿司屋になぞ恐ろしくて家族で行ったことなど一度もないのだよ
どうしよう
コースだってよ(汗)
テレビで見るカウンターで大将が一貫ずつ「どうじょ~」(千鳥バージョンしか知らない)と差し出すアレなのだろうか(震)
あああああ
カウンター席だけは勘弁しとくれーー
知識もマナーもないんだよーー
予約なんてしてしまってーー庶民がバレるーー
おびえながらその時を待ち
帰省した次女と一緒にその店に向かう。
*
「落ち着いたシツラエですね。」
テレビ番組で大人なタレントさんが訪問先の部屋を見て言っていた。
「シツラエなんて、人生で一度も口にしたことがないよ。そんなシチュエーションないもんね~。今度言ってみよっかな~w」
「お越し頂きありがとうございます」
店内はカウンターに4席と机席が1組、奥に座敷が一部屋あるだけでこじんまりとしていた。
しゃ、洒落た流木が方々にあしらわれてる…
「素敵なシツラエですね」
きっとここで言うんだろうケド
4つの洒落たゲタが準備されたカウンター席に通されることは確実なので一庶民が間違って来てしまったことのアピールのためにも中途半端にインテリぶることは慎んだ。
一生シツラエとは縁が無いことを痛感する
「こんな田舎の汚い店によく来てくださいました。お伝えしておきますと、うちは熟成ネタで提供します。知らずに召し上がると、新鮮なネタとの違いに何コレ?ってなると思われますし、お口に合わない場合もあるかと思います。私の気まぐれで始めたことなんであんまりまだ知られてないんで、食べたいなんて来られる方も少ないんです。しかもこんなお若い娘さんの、アプリからのご予約でしたので何かの間違いかと思いましてね……。熟成のネタにご興味を持たれたんですね。」
じ……熟成?
ワードがインテリ ! (汗汗)
カウンターで
コースで
稀な熟成で
ヤバいよヤバいよーーーーーーー(汗汗汗)
すごいインテリ客だと思われてたらヤバいよ~(汗汗汗汗汗)
「変わってるなーって思って~ふふふ楽しみです~」
次女
食通でもないのに
絶対たまたま見つけた近所の雰囲気良さげだけで選んだんだろうにこんなコミュ力をいつの間に身につけたんだろうか大人になってて驚きだ
次女の横でこの手の話を振られないように震えながら身構える
「10日目の真鯛です」
と!?
過去に一度
明日でもいいかな~と残した刺身を食べ忘れて冷蔵庫の隅で大変なことになっていた姿がチラつく
こだわりの赤酢はまろやかな酸味だが、砂糖を入れていないので酸っぱめのシャリだった
真鯛にはスダチが絞られていたのでか、赤酢の酸味なのか、はたまた熟成による(まさか失敗なんてことは無いよな~)心配の酸味なのか、分からない。
この店の1口目はかなり酸っぱい印象となった。
この酸味がヤバい酸味でないことを祈る!!
そして静かに丹田に力を込める
初の熟成寿司は心配が勝ち恐る恐るとなってしまったが、その後出されたものは舌が慣れたこともあり、どれも非常に美味しく頂けた。
いつもなら わさび をかなり入れて食べていたブリなどの脂の強い魚も、わさびは香りを楽しむ程度の量で良いのだ。
「魚のくさみ」と言われるものを意識したこと無かったが、熟成ネタは食べた後に口内に張り付くような匂いが残らない。アレが くさみ だったのだろうか。とてもさっぱり食べられるのにちゃんと脂のまろやかさは感じられて美味いのだ。
大将は
この漁師町で熟成の寿司屋は受け入れられないことは承知だった。でも自分が熟成にハマってしまったのでこれでやっていきたんだと言っていた。なのでとことんこだわり抜いて、誰もやっていないこともやっちゃおうって、道楽なんですよ、と。
でもそれでは生活していけないので、元々の割烹、和食、仕出しはそのまま続けて、熟成を極めるための費用を稼ぐために今はお手軽弁当もやっているんだと、開発途上の苦労も話された。
まさかこんな所にこんな職人がいただなんて
車でたったの13分の地方の田舎町に
銀座で食事をしたことは無いが
それを味わせてくれる魔法使いがいる
多くの人に知ってもらいたい
多くの本物のインテリに食べてもらいその名を確実なものにしてもらいたい
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