何に祈るのか。

キリスト教の両親に育てられ
毎週教会でミサをして
パイプオルガンの讃美歌に痺れ
キリストの肉と言われているパンを食べ血だと言われているワインをちょっとだけ舐めるくらいに呑ませてもらっていました。
ミサの後、初恋の人が毎回野球をするのでその人と1秒でも一緒にいたいがためだけにお隣の税務署の敷地で私も野球をする幼少期でした。
神なんて信じて無いのにその人と会いたいが為に通っていた。
本当にチャラい。
聖書に出てくる寓話に関してもそんな事ないでしょって思っていた。
だってなんでキリストがちょっとなんかするだけで歩けなかった人が歩けるんよ。なんで死んだのに復活するんよ。マリアは処女のままキリストを馬屋で産んで天使が祝福にくるんよ!
中学は仏教の中学に通い毎日朝礼で般若心経を唱えて授業では週1で宗教の時間がありました。
そこでも私はなんでそんな事起こるんよおかしいって!っていう捻くれを発揮してしまいます。
産まれてすぐの人が7歩歩くはずないやん!そもそもぶったって何?親として自分の子供に邪魔者みたいな意味の名前をつけるなんて狂ってる。加えてテニス部だった自分がテニスコートの隣にあるお坊さんの卵の寮が火事で燃えたときのなんじゃそれ感。興味本位から火事場に行ったのですがお坊さんの部屋にはエロ本が大量にありました。
煩悩とは?煩悩だらけやん!108所ではない。
私達のスコート姿の写真を見つけてしまった事がより宗教人に対しての嫌悪感にもなりました。
マジで気をつけた方がいいよ!
好きじゃない人からの性的欲情なんて嫌悪感しかない。まぁまぁ。
宗教という所では割と真面目に色んな事に接してはいる環境でした。
何も信じられる事がない世界が来て周りの人は自分のオリジナルの神を作ってそれを信仰するしか無いと言っていました。私もその思想には共感します。多分日本人だから。
でも何に対して祈るのかはずっと疑っています。
祈るって何?
そもそも宗教って本当にそれを作った人以外は思考停止なんじゃないか。と。個人的にはそれくらいに宗教には何も救いを求められない。
何に対して祈ればいいのかわからない。ずっと。
自分に素直に祈れる神がいたら幸せだったのかもしれません。
来たる時代にむけもしかしたら素直に祈れるようになるべきなのかもしれません。
それでも祈りに関しての本質をもうちょっと自分で考えさせて欲しいって思いがあります。私は今何に対して祈ればいいのかな。

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