偉かったね

 僕は被虐待児、いわゆる虐待サバイバーである、らしい。全く実感が湧かないけれど。
蹴られたり、家から締め出されたり、ビニール紐で縛られたり、怒鳴られて胸ぐらを掴まれたりするのは、ふつうではない、らしい。

 そして、どうやら僕は、親の期待に応える「いい子」でないと生きていけなかった。「いい子」でないと居場所がなかった、らしい。

言われてみると、確かにそうかもしれない、と思う。それくらいだ。それくらい、僕にとっては産まれた頃からその状態が「普通」だった。「ハルがハルだから」という理由で愛されたことはなかった。姉は、何をしても存在自体で愛されているのに。

そんな中、姉が妊娠をした。まだまだ初期段階で、赤ちゃんと呼べる状態ではないけれど。直截的にいうと、コンドームをせず、行為をしていたらしい。
 僕は姉の無計画無責任さに心底怒りを覚え、顔も見たくないと思うほどだった。
 姉を少し問い詰めたところ、しばらく日が経ってから、「ちゃんと子供はずっと欲しいと思っていたし、子供ができて嬉しいよ」と返ってきた。どこまで信じていいのかわからないけど、それまで憎く思っていた感情がひっくり返されて、ぐちゃぐちゃになり、何を思えばいいかすらわからなくなった。

 そして、「早く帰って来なよ」と連絡があった。僕は、家族が大好きなのに、家に居場所がなくて、誰も僕の傷なんて見てくれなくて、家族が怖くて仕方ない。帰ることがとても怖い。好きなのに。

 勇気を出して、父と姉に、「鬱が酷くて長距離移動をすることができない。だから帰ろうと何度も思っても上手くできなくて途中で過呼吸に何度もなってしまう。本当に本当に会いたい気持ちも帰りたい気持ちもあるけど、本当に物理的に厳しくて苦しい。本当にごめんなさい。大変な時に、本当に、ごめんなさい。」
と送った。

返信は、二人とも「ゆっくり自分の体調を第一にして」とのことだった、
僕はこの時初めて、無条件の優しさに触れた。
涙が止まらなかった。

 僕が無条件の優しさを受け取っていいのか。今更、無条件の優しさを貰ったけれど、そうしたら「期待に応えなきゃ存在価値がない、愛されない」と生きてきた僕の今までは全て間違えていたのか。僕が全て間違えていたからこんなことになってしまったのか。

 自責の念が止まらなくなる。無条件に優しさを貰ってしまってごめんなさいを繰り返す。土台が全て崩れる。アイデンティティが崩壊していく。存在意義がわからなくなる。僕は誰?僕は何?

 たくさんたくさん泣いて、たくさんぐちゃぐちゃになって、今たどり着いた答えは、「親はやり方を間違えてしまったけど、愛してくれている。僕は何も間違えていない。誰も悪くなかった。」
というものだった。

もちろん、未だに家への恐怖は消えない。僕の存在意義もぶっ壊れている。何を思えばいいかすらわからない。

それでも、それでも、気づけたことが、「帰れない」と言えたことが、大きな大きな一歩だと思うから。
 こんな僕でも、ただ必死に、必死に、命を紡いで、僕のアイデンティティを、ゆっくりでいいから見つけていきたい。
「いい子」でいることを、少しずつやめれるようになっていきたい。
無条件に愛されてもいいと思えるようになっていきたい。
自分の人生を、生きてみたい。

過去の僕も、僕であることに変わりはないから。否定することなく、全部全部抱きしめて、少しずつ呪いを紐解いていきたい。

人に優しく、自分にはもっと優しくできるようになりたい。

だから今日も、明日も、明後日も、ずっと命を紡いでいこうと思う。

心がぐちゃぐちゃで、纏まりのない文章になってしまったけれど、最後に昔の僕へ一言だけ。

「今までよく、よく生き延びてくれたね。よく頑張ったね。君は、何も悪くないよ。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?