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国葬……また国民の声が無視された、日本は終わりだ……そう思う人へ


927日に安倍晋三氏の国葬儀が行われる運びとなっている。
 ここでは国際情勢と国葬について取り上げてみたい。国際というといきなり大きな主語だが、2022年現在の国際関係を見るとき、さまざまな問題があるにせよ、これだけは押さえておかなければいけないトピックがふたつある。
 すなわちロシアによるウクライナ侵攻、そして米中関係だ。この二つの大問題を足がかりに、世界で起きていることを見てみると、おのずと今回の国葬について見えてくることがある。

 ひとりの政治家の死に、なぜそんな大仰な検証が必要なのか。


7/12の産経新聞によると、安倍首相の訃報を受けて259カ国の機関や地域から1700件の弔意を表するメッセージが寄せられている。国際的な立場から見たときの日本は、現在「安倍晋三氏への弔問を希望する各国に待ってもらっている」状態にある。ブリンケン米国務長官と頼清徳台湾副総統は待ちきれなかったようだが。

https://news.yahoo.co.jp/articles/7be37fef0c1cd15873e9fecf89891c84aee499f0

 こんなふうに海外がからむ場合は、海外の話題も含めて出来事を見なくては認識がかみ合わない。けれどいきなり海外のはなしといっても、大小様々なトピックがあり、何をみたらいいのか分からない場合が多い。


 ただ、今回はちがう。
 もっとも大きな二つのトピックを見れば分かるのだ。


 さて、さっそく一つ目だ。
 ウクライナ侵攻については改めて書くまでもなく、すでに周知のことかと思われる。そこで今回は7/20現在のロシア戦略が垣間見える記事を紹介する。ありていに言えば、まずイランとトルコを味方に引き入れようとしている。


(この記事の肝は「イランとロシアが米ドルなどの外貨を介さない取引」を協議している点である。米ドルの基軸通貨体制を揺るがせにする話題が出ているのは異常事態。一言でいえば世界中のドル建の準備通貨の価値が問われる出来事に発展しかねず、あなたのドル資産にも関わるということである。状況を注視せねばならない。しかしここではイランとトルコがロシアに取り込まれようとしているという点を確認していただければそれで良い)

 そこで、この三か国と安倍氏の関係を振り返ってみる。
 まずイランと言えば、トランプ氏がイラン核合意から離脱を表明して制裁を再開したため米国との関係は最悪である。2022年の春先にバイデン氏が関係修復をはかったものの、いまだに実現せずに、結局このフェーズにきてしまった。
 ここで思いだされるのは2019年、イラン最高指導者のアリ・ハメネイ氏と安倍晋三氏の会談である。ハメネイ師による「米国と話はしない、しかしあなたとは話をしよう」という表明によって実現したのだった。ハメネイ師が西側諸国の人間と会うのは珍しい。米国とイランの仲立ちを日本の首相が引き受けた形となる。もともとイランは日本にとって資源購入先であり、日本は制裁から免除されている。

 またトルコについてだが、エルドアン大統領は安倍氏が銃撃された翌日、弔意のメッセージを寄せている。NATO加盟国ではあるものの、いまだにEUに加盟できないトルコ。イスラム教国家とキリスト教国家は、いまだに経済をひとつには出来ないでいる。

 そんなトルコだが、親日国としておなじみである。外交関係上、ありがたい弔意のメッセージだと言えよう。


 しかし何と言っても戦争当事国のロシアのプーチン大統領である。彼は安倍氏の家族に直接弔電を寄せた。
 プーチン大統領と安倍氏の関係として思いだされるのは、山口県で行われた日露首脳会談。クリミア併合の翌々年の2016年、すでに世界から制裁を課されていたロシア大統領と親密な外交関係を結んだのである。


2/24のウクライナ侵攻とは、西側諸国(欧米)VSロシアにおける軍事範囲の問題に端を発している。要するに「どこまでをNATO加盟国にするつもりだ」という話題だった。

 さてウクライナ侵攻の以来、資源国であるロシアは<他の資源国を抱きこんで>資源国VS消費国のフェーズに持ちこもうとしている。

 戦略的な観点からみればあたりまえの動きだ。
 「経済制裁?それなら資源制裁で対抗だ」こうである。しかし消費側も黙っていない。
ロシア産石油価格上限、G20合間に「生産的」協議=米財務長官
 ありていに言って、購入価格を談合して「上限をきめてしまおう」としている。

 応酬はこう続く。
ロシア、価格上限を課す国には石油を供給せず=中銀総裁

 このように世界中が、両陣営の戦略のあおりをくらって、燃料価格の高騰を体験している。ウクライナ侵攻は世界に影響を与えており、どの国も固唾をのんで見守っていると言えるだろう。

 そんな情勢下で、世界中から弔意が届いているのである。サウジアラビアからもイランからも弔意のメッセージがある(先のトルコの弔意のニュース内に紹介がある)。


 日本は現在「西側の陣営である」と認識されている。岸田外交にもその方針が踏襲されている。
 今更それについて紹介するまでもない。日本は欧米諸国とともにロシアに制裁を課している。

 しかしながら安倍氏の外交は、西側諸国に好印象を与えつつ、そのほかの陣営とも関係を築き、しかも驚くべきことに「この上なく巧くやっていた」のだ。
 <安倍氏>の外交ではあるが、海外から見れば「日本政府の外交」である。「敗戦後初、日本が自立外交を実現した」という意味はここにある。
 要するにアメリカの言いなりにならなかった外交だったのだ。
 安倍首相はトランプ大統領の政治方針とはことごとく逆を行った。
 意見が合わなかった方針を列挙してみる。TPP、パリ協定、イラン核合意、イスラエルの首都エルサレム、WHO……

 かなり大きなトピックで、日本は米国と意見を異にしている。



 安倍氏の葬儀には、誤解をおそれず言ってしまえば敵も味方もやってくる可能性があるということだ。



 もうひとつのトピックに移る。見方によってはこちらの方がより深刻なのである。
GDPおよび軍事費用における世界一位と世界二位の米中の争いが勃発している。こちらはもっと長いスパンで起きていて、表面化したのは2018年のことだ。(火種は2015年のAIIB事件
 時の米国副大統領であったペンス氏の反中演説によって幕を開けた。

 これをもって、米国は真剣に中国を脅威とみなしていることを表明した。その後は世界中に影響を及ぼしている。
 両国とも巨大な経済圏を形成しており、重なり合っていたにもかかわらずデカップリングを開始。「どっちにつくのか」という踏み絵を避けて通れないタイミングが、多かれ少なかれどの国にも降りかかった。
 「あちらも立てて、こちらも立てられれば(もっと利益が出せるのに)なあ……
 これは世界各地の皆さんの、いつわらざる本音である。

 さて。
 その2018年を2年さかのぼった2016年のこと。
 アフリカ開発会議において<自由で開かれたインド太平洋戦略>を安倍氏が提唱している。
 世界地図を思いうかべてほしい。
 まずアフリカ大陸の東側にインド洋がある。そこから右に目を移すと、東南アジア諸国やオーストラリアに隔てられて、太平洋があるのが分かる。

 インド洋と太平洋をつないでアフリカとアジアは共に発展しよう、という題目がこの構想の基本的な考え方となる。
 肝となるのが東シナ海および南シナ海である。いうまでもなく物流のハブとなるのだ。この地域で中国が主張している領海問題について、今更触れるのはよしておく。
 ただひとつだけ。
2019年に日米豪印の外相による会合が開催された。クアッド外相会合である。この4カ国は2012年に安倍氏が発表したセキュリティダイアモンド構想の該当国となる。

 この試み対して中国外務省の報道官は「クアッドは時代遅れの冷戦思考に満ちており、軍事的な対抗の色彩が強く、時代の流れに逆行し、人々の支持を得られない」とけん制している。


 インド洋と太平洋の物流拠点における中国の台頭とセキュリティダイアモンドがパワーバランスを演じている。


 自由で開かれたインド太平洋戦略。今ではあたかも米軍が提唱している軍事戦略となっている。
米国の「インド太平洋戦略」の目標:自由で開かれたインド太平洋の推進

 この構想が世界中を巻き込んでいるという状態だ。
インド太平洋構想に積極関与 日本と首脳シャトル外交―韓国外相候補

 その良し悪しはともかく海外から見た時、ある意味では「日本のリーダーが提唱した構想で、世界が回っている」のだ。
安倍元首相追悼で決議 「自由と繁栄の礎築く」 米上院

 こんなことは、前代未聞だ。

 そんな安倍氏が銃撃されて亡くなり、弔問の打診を日本政府が受けている状態なのである。 

 米中が気合を入れて対立し始めた2019年、米国の真の友、米国を唯一の同盟国とする日本のリーダー安倍首相が、なんと(あろうことか)習近平氏を国賓として日本にお招きすると表明した。「来年、桜の咲く頃に、日本にお越しください」
 世界中が「たまげた」。
 「今はダメでしょ……絶対」
 「米国の同盟国じゃなかったの?」
 「安全保障どうするの(トランプ氏は在日米軍のコスト面を非常に気にしており、割に合わないと公言していた)」
 保守派の一部が慌てふためき、うろたえ、心を暗くしたのである。

 安倍晋三氏の外交はこうしてあらゆる国を呑み込み、共生しようとしていたように思う。

 この試みは新型コロナウイルス感染拡大によってつゆと消えた。それで胸をホッとなでおろした人もたくさんいる。
 安倍氏の外交は、前代未聞だった。


中国の習国家主席、安倍氏死去で弔電 「両国関係改善に尽力」

……一体、どんな合意に達していたのだろうか。

 されど今日もまた、そんなこととは関係なく、米中関係は台湾問題で加熱している。

 今、米中の仲がとりもたれれば、世界中がほっと胸を撫で下ろす。
 まさかそれを日本主導で成就させようとしていたのではなかろうか?(今、中国から強烈な幅寄せを食らっている日本は、このやり方を間違えるとワリを食うが)

 今となっては、もう何もわからない。


 ここで最後に、安倍氏の葬儀についてどんな国の代表団がくると想定されるか考えてみよう。
・米国
・中国
・英国
・EU各国
・ロシア(プーチン大統領は受け入れないと発表があったが)

・オーストラリア
・インド(モディさんと安倍さんはシャトル外交でよくあっていた)
・カナダ
・ブラジル
・東南アジア諸国
・韓国

・中近東各国(イランくるかな)
・エジプト

そして、ウクライナである。



 要するに<たくさん>だ。
 ワケの分からない大集合になる。
 今、世界中で深刻な問題になっている物価や安全保障に直接かかわっている国々の代表団も混ざっている。

 もし、葬儀の場で決裁権のある要人が集まったら。トップ外交だ。
 その場の話し合いで、さまざまな<国の方針>が決まってしまう可能性がある。

 奇しくも50年前の1971年、愛知県で開催された世界卓球選手権における米中ピンポン外交がソ連崩壊のきっかけを作ったように(もちろん一つのきっかけに過ぎない)……

 もちろん来ないかもしれない。それも含めて日本政府は今、その調整で死ぬ思いをしているだろう。
・ブッキングさせてはいけない国は
・外交方針は
・タイムスケジュールは
・会談の用意は
・宮内庁との調整は
・警備体制は
 関係者じゃないと想像もつかないような有象無象……

 タイトルにもどる。

 日本は終わりか?そんなわけはないだろう。
 国際における日本の価値は高い。この葬儀で発生する外交で2023年の世界情勢が動く可能性がある。嫌が応でもそういう葬儀となる。

※この記事の翌日、下記の記事がAFP時事から上がった。日本政府の動きの読み方のスジは、おおむね合っているのではなかろうか。


 さて。
 国葬かどうかを問う議論がある。

 一体224日から何をして、何を見ていたんだ?世界が固唾を飲んでウクライナを見ている。
 そのタイミングで日本は「当事国の直接外交」の舞台となる機会を得てしまった。

 幸か、不幸か。


 日本政府の選択肢は、ない。
 官僚をフル稼働して、国費使って不足のない予算立てする以外の選択肢が、日本政府にありますか?

 最高格の儀式を決行するよりほかはない。
 その名称が国葬儀なら<それ>だ。
 世界中が目を皿のようにして、この外交機会に注目している。

 戦前戦後の慣例や、法律、内政、民主主義などさまざまな論点を持ちだして議論を開始しようとする人がいる。
 クラウドファウンディングや党葬の話も目についた。

 何をバカなことを……今、それは全部いったんおいておいて、あなたとわたしの命と財布に直結する話をしましょう。

 大切なのは
2022年現在に世界で起きていることだし、それが日本に直接影響しているという事実だし、そんな中で日本政府が果たせる役割である。
 今、葬儀開催に向けて、来年以降の国家戦略と相手国の出方の予測を死に物狂いで練らねばならず、練ったら実行計画に落とし込まねばならず、計画ができたら実働に移さねばならないのだ。
 おそらく現場は立案から実行までが同時進行的にタスク処理されていることだろう。


 その渦中に、国葬反対?
 なぜ?
 言ってる場合じゃないし、そんな意見に付き合ってる場合でもない。

 来年以降の世界中の食糧問題、経済問題、安全保障問題の行く末をうらなう巨大な出来事となる可能性がある以上、その準備にかかりきりだろう。
 世界情勢が好転するきっかけをつくるチャンスですらある。世界中で燃料価格が安くなり、食料品が安くなり、治安が回復するきっかけにするにはどうすればいいか。
 問題はそこだ。
 世界を舞台に命懸けだ。

 葬式の呼称とお金のでどこの話は、いま、やってる場合じゃないの。


 日本は終わりじゃない、全然。政府は世界を見据えて動いている。
 いま、世界の台風の目になるかもしれない。


 国際的な視点でみてみよう。
 故安倍晋三氏は(おそらく戦後初めて)米国からそっと離れて戦略的国際政治の個性を発揮しつつ、それでもなお米国と良い関係を築き、しかも多くの国と友好関係を結んで、場合によっては米国との橋渡しをうけおった日本のリーダーだ。
 その人が非業の死をとげ、いま、世界中が悼んでくれているという状況なのだ。

 しかし(だから)これは、【国葬】による安倍晋三氏の礼賛という意味では書いていない。
 何が言いたいかというと「だから世界中の要人が集まる理由になる」んだということだ。

 葬儀の形態を議論している場合じゃない。世界の未来をうらなうデカい外交舞台、一大国家プロジェクトになるという運命がこの葬儀にはある。

 大掴みなものではあるが、ここまででみてきた国際情勢の情報だけでも、そう考えることに「どこも不自然な点はない」。

 弔意の強制?
 安倍礼賛?
 何言ってんだ、そんな話じゃないだろう。

 たのむよ。もっと真剣な話をしようよ。ゆるすぎだよ。
 この空気感のギャップはなんだ?

 <認知>だ。

 主に2012年から起きた出来事を含んだ視座をここで形にできればと思い、これを書くに至った。

 日本が終わったとか、また国民の声がないがしろにされているとか感じているなら損である。それは認識が「なにかおかしい」。

 今ほど日本の価値が高まっているときはない。

 誤解を恐れず、言ってしまおう!
 こんなに世界から注目される日本のビッグイベントについて、日本国民としてなんの知識ももたずに、漫然と反対を表明しながら9/27を迎えるなんてもったいない。

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