パン工場の陽気なブラジル人
パン工場=○○?
「お姉ちゃんってさ、昔パン工場でバイトしてなかった?わりと時給いいから働こうか迷ってるんだけど口コミが冗談かと思うレベルですごいから気になった!」
先日、妹からこんなメールをもらいました。
年の離れた20代の妹は、将来の目標のためにバイト2つ掛け持ちして貯金しながら自動車教習所にも通っていて、忙しく過ごしています。
「3ヶ月くらい夜勤したことあるよ。作業自体は簡単なんだけど、単調であるが故に勤務時間がすごく長く感じて、頭の中で悶々と『なんのために自分は生まれてきたんだろう』とか考え出して相当しんどかったぞ。わたしはあまりお勧めしない。」
と答えたら、
「まじ?笑。お姉ちゃんがもうパン食べたくない、、みたいに言ってたのは覚えてる笑。『パン工場=精神と時の部屋』って口コミが多過ぎて気になってたんだけどガチなんだね」
そんな言葉が返ってきました。
うは。精神と時の部屋。
その例えはわたしにとって、とてもしっくりきたので思わず笑ってしまいました。
いや、確かにメンタルは相当やられたけど、よくよく思い返すとなかなかおもしろい体験もできたっけ。
それは、たくさんのブラジル人と一緒に働いたという理由によるところが大きいです。
だからその話をします。
日本で働けば金持ちになれるらしい
20歳過ぎた頃、深刻なストーカー被害に遭い外出することができなくなり、つまりそれは仕事に行くこともできなかったわけで、収入を得られない自分はアパートの家賃を支払えなくなったため、不本意ながら実家に戻りました。
しばらく働ける状態にはなれず、母にとって完全にお荷物でしかないニートのわたしは、母に死んでくれと頼まれ自殺を試みたけれど未遂に終わりました。まだ小学生だった妹にとっては辛い経験をさせてしまったと申し訳なく思っています。
退院後、また家を出る資金を貯めるため近くのパン工場で働き始めました。
仕事内容はとても簡単で一日で覚えました。
そこのパン工場は積極的に外国人を雇用しているところで、ほかに、たくさんのブラジル人と少しの中国人が働いていました。日本人、ブラジル人、中国人の割合は、5:4:1くらい。
そこではお国柄サンプルの見本のように、見事に出身国のカラーが出ていました。
日本人は淡々と黙々と作業する。
中国人は「日本、こんなに働くの信じられない。遊びたいよ」と嘆きながら(途中休憩はあれど12時間勤務)、注意されない程度に適度にサボりつつ作業をこなす。
ブラジル人はみんなでわいわいお喋りしながら楽しげに作業する(マスクをしているから喋っても大丈夫)。
特にブラジル人は夫婦で共働きしている人が多かった。子供は祖父母に預け、2人で日本まで出稼ぎに来ているのです。
その理由を問うと、2人して日本で1~2年働けば、ブラジルにプール付きの大きな家を建てることができるからだと口を揃えて答えました。
「すごい、豪邸だ。お金持ちだね」と言うと、「金持ち♪金持ち♪フゥー!!」と踊り始め、生まれて初めてブラジル人に接触した自分は、やっぱりブラジル人って陽気なんだなぁ、と単純に納得したのを覚えています。
女は怖くて男は優しい
あとブラジル人は、男性はとても優しくて、逆に女性はすごく怖い、という印象もありました。
注) あくまでも某パン工場内だけの話なので、参考にしないでください。
10代後半から20代前半にかけて、ナルコレプシーかと疑うくらい常に強い眠気を抱えていたわたし。
ちなみに自分が担う作業は、ブラジル人たちが加工したパンがラインで流れてくるのをキレイな状態に仕上がっているか目視で判別し、キレイならば個包装するラインへそのまま流す、崩れているパンは取り除く、というものでした。
仕事内容はすぐ覚えたし、作業中は脳内思考が負のループに陥って嫌になり、何も考えないようにするとすぐ眠くなってしまい、立ったままよく居眠りしていました(←だめ、ゼッタイ)。
ブラジル人男性はそんなわたしに「タナカ(わたしの旧姓)、いーつも眠いな〜」とニコニコ話しかけてくれたのに対して、ブラジル人女性は「タナカ!まーた寝てるよ!!」と怒っていました(当たり前だ)。
あるとき居眠りし過ぎて、ラインが私の前で詰まってしまい、気がついたら目の前にパンの山ができていて、流れを止めてしまったことがあります(←だめ、ゼッタイ)。
ブラジル人女性が集団でわたしの元にわーっとやってきて周りを囲み、「タナカ!寝るな!!パン止めるな!!」と口々に激怒し叱咤しました(当たり前だ)。
するとブラジル人男性たちが慌てて駆け寄ってきて女性たちをたしなめ、「タナカ眠いよなー、いつも眠いよなー」とわたしの肩を優しくぽんぽんと叩いてくれたのです。
だから、男性は皆優しくて、女性は強くて激しい、というか喜怒哀楽の感情表現が非常にはっきりしている、っていうのがわたしのブラジル人に対するイメージなんです。
男性陣の穏やかさには、気持ちが癒されたのを覚えています。
けれど子供想いのママたち
12時間勤務のあいだ、食事休憩1時間と30分間の小休憩がありました。
休憩中、女性たちはいつも海外通話のできるたったひとつの公衆電話へ列を作って並んでいました。時差が日本とほぼ逆のブラジルは、夜勤中に実家へ電話するにはちょうど良い時間帯のようでした。
みんな自分の子供と話したくて、遠く離れるブラジルへ電話をかけるために並んで順番待ちしているのです。
受話器を握ってお喋りしている様子は、笑顔いっぱいで優しい声で嬉しそうで、子供のことが大好きなんだろうな、早く会って抱きしめたいだろうな、と感じました。
子供たちや家族のために夫婦で遠くの日本まで出稼ぎにきて、毎日一生懸命に仕事しているのです。
ブラジルに残った子供たちや家族もお父さんとお母さんに会いたくてたまらないでしょう。
そりゃあ居眠りばかりしているタナカに腹が立つのは当然です。
多大なご迷惑をお掛けしましたこと、この場を借りて、改めて深くお詫び申し上げます。
中国人も日本人も十人十色
思い返してみると、中国人も留学して学費や生活費を稼ぐために勤務していたし、寡黙に作業する日本人も話してみると個性的な人が多かったです。
例えば、ランニングは全く好きではないが話のネタにするためだけにホノルルマラソン完走経験がある人、
一攫千金を狙って毎年必ず年末ジャンボ宝くじを50万円分購入するために日々コツコツ働いている人、
ヴァイオリン作りの職人になるために留学費用を稼いでいる人、
コミケ大好きでコスプレ衣装にお金を掛けたいから働くサラサラ超ロングヘアの男の人。などなど。
海外ロックや向井秀徳が大好きな共通の趣味を持つ同い歳の人と仲良くなり、わたしがパン工場を辞めてからも、よく一緒にリキッドルームへZAZEN BOYSのライブを観に行ったりもしました。
そう、コスプレ大好きサラサラ超ロングヘア男は、わたしが入社した初日、真っ先に話しかけてきた人でした。
わたしをじっと観察したあと「今日は電磁波が強くてアタマ痛いよね。タナカさんも電磁波ダメなタイプでしょ?」と。
「……ちょっと、、よく分かんないです。。」もごもご答えつつ、
うわー、自分って電磁波ダメなタイプに見えるのかー、だからストーカーと化す男に出会いやすいのかなー、と変なこじつけで勝手に落ち込んだっけ。
余談だけど、のちに奴さんと出会って付き合いはじめたとき、告白されておっけーした理由は好みのタイプだとか趣味が合うからとかではなく、「ようやく!よ、う、や、く!フツーど真ん中の男に好いてもらえたーーー!!」と感激したからです。
特にオチも結論もありません
ただただ、あの陽気なブラジル人たちと一緒に働けて良かった、と思ったので書いてみました。
その時期、闇あがりの自分にとって、ブラジル人の陽気で明るい気質に接することができたのはある意味、救いにもなったような気がします。
一緒に働いたブラジル人は本国に帰ってプール付き豪邸を建てたのかな、家族みんなで楽しく暮らしてるかな、と時々思います。
わたしにとっては精神と時の部屋でしかなかったあのパン工場も、出稼ぎに来ているブラジル人たちにしてみれば、お金持ちになる夢を叶えるチャンスの場所だったんだなぁ。
気が向いたらまた、今度は奴さんと2人でパン工場で働いてお金を貯め、仮に老後はブラジルにプール付きのおっきい家を建ててのんびり暮らす、なんていうのも、なかなかいいかもしれない。
選択肢のひとつとして、そんな生き方もアリ。なんでもアリ。ってことで。
(出典:
ヘッダー&フッター画像 /
演劇『熱血メルヘン 怪傑アンパンマン』より)
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