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プロ雀士スーパースター列伝 長村大 後編

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【カネポンが引きずり出した】

 長村がいなくなってからも私の日常は忙しく、彼のことを思い出すことはなかった。
 ただ、時々、噂が聞こえてくる。
 どうやら麻雀だけは打ち続けているようだ。

 そりゃそうだよな。
 早く戻ってくればいいのに。
 ただ、こっちから連絡して「戻ってこい」というのは違う。
 それに、またあいつは電話に出ないかもしれない。
 こっちが連絡することで、奴の気持ちを追い込むことになるかもしれない。
 だからやっぱり、放っておこう。
 
 毎回、そういう結論になって、私の脳みそは仕事に戻っていく。

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 いなくなってから10年以上が経ち、急にカネポンこと金本晃「近代麻雀」編集長から「長村を使っていいか」と言われた。
 「お好きにどうぞ」としか言いようがなかった。
 どうやら小説を書かせるつもりらしい。その内容はフィクションとは言いつつも、過去に長村が経験したことが基になるから、バビロンの人間とおぼしきキャラクターも出てくるだろう。だから毎回、発表の前に目を通してくれということだった。
 
 私は単純に興味があった。奴は麻雀だけでなく、書くこともやめていなかったのか。やめていたけど、また10年もあけてから、書こうというのか。ちゃんと書けるのだろうか。

 しかし、書いたものは面白かった。モデルになっている我々が悪者にならないようにうまく書いてあった。商業ライターとしてものを書く時は、実在する人物などを傷つけたり不愉快にさせてはならない。もちろん、大きな意味があるなら別だが、不必要に問題を起こすのはプロ失格なのである。
 
 長村は長村で、何かをやり直そうとしているのだと思った。
 
 本来、表に出ていた方が良いに決まっているのに、なぜか裏に引っ込んでしまった奴のことを見つけ出し、無神経に表に引っ張り出してきたのはカネポンだった。

 そういう仕事は向いているのかもしれない。配慮とか遠慮というものがあったら、それが邪魔をしてうまくいかなかったかもしれない。
 
 カネポンがズカズカと長村の心の中に土足で入っていったから、奴も出てくる決心をしたかもしれない。
 そう思った。

【10年ぶりのケジメ】

 それでも長村と会うことはなかったのだが、2019年10月3日「麻雀最強戦」が長村出場の発表をした。

 過去の最強位だけを集めた大会に出場予定だった伊藤優孝プロが十段位になった。当時のレギュレーションでは、十段位は予選を戦わずしてファイナル出場だったから、元の大会に空きができた。
 そこに長村を入れようとカネポンが言ったのだった。

 いいけど、麻雀はちゃんとできるのかな。

 私が聞くと、カネポンは自信満々に「大丈夫です! 強いです!」と太鼓判を押した。
 
 十数年ぶりに長村に会うことになったが、スタジオでは敢えて挨拶だけにして話しかけなかった。
 奴も選手として出場する以上は勝ちたいだろう。試合前の選手と話し込むのは一種の迷惑行為だ。そういうのが全然大丈夫な選手もいれば、ちゃんと集中したい人もいる。
 それが分からない以上、これから対局をするという人に無駄な話をふっかけるのはタブーなのである。

 試合が終わったら、普通に話しかけるようにした。
 ただ、それも本当に「普通の選手に普通に話すように話した」だけである。
 周囲に人もいたから、昔話をするのも憚られた。奴も話しづらいだろうと思った。
 長村も、普通の会話を返してきた。

 放送が終わって、打ち上げ会場の「楼蘭」に移動した。
 長村と私は離れた席になったが、私はずっと長村からの「ケジメ」を待っていた。
 
 奴は奴で、色々な思いを抱えての出場だったのだろう。私がどのように思っているのか、気になっていたとも思う。
 だから私は、奴に対して含むところはないという態度を見せ続けた。
 それでも、もしかしたら逆に怪しまれたのかもしれない。
 
 奴は私がそういう演技をすることも知っている。
 昔の仲間だけに、お互いのやり口は知っているのだ。
 仲間同士では腹芸は滅多に使わないが、奴は私のことを仲間だと思っていなかったのだろうか。
 いや、それよりも、おそらく「私が奴を仲間だと思っていない」という前提だったのだろう。

 実際、私にとって長村は今でも仲間だろうか。

 そんなことを考えた。

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