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プロ雀士スーパースター列伝 滝沢和典編

【麻雀をやるために上京した】

 魚谷侑未が残り2巡でリーチを掛けてきた。ハネ満をツモれば逆転優勝だ。
 10年ぐらい前の「モンド王座決定戦」オーラス。親は滝沢和典で、ノーテンを宣言すれば優勝だった。
 滝沢は、鳴けば魚谷の一発とハイテイを消すことができた。だから鳴く人がほとんどだろう。否、滝沢以外の全員が鳴くレベルかもしれない。

 だが、滝沢は動かなかった。
 結果、魚谷が一発でツモアガり、優勝を持っていかれてしまった。

 滝沢に理由を聞いたというか、私が理由を言って「こうなんやろ?」と聞いたことがあった。

 滝沢はそれを聞いて「そんなにカッコいいこと言えたらいいですが」と、ただ笑っていた。

 滝沢は自分を大きく見せようとするようなことはしない。常に自然体で、正直で素直だ。
 そしてかなり気持ちが優しい。

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 滝沢はたぶん、気が優しいからプロ麻雀界に入ってきたのだと思う。
 麻雀の世界は、よく言えば優しさに満ちている。悪く言えば、弱者が傷のなめ合いをしている甘っちょろい世界だ。
 今でこそ少しは金が稼げる世界になってきたが、滝沢が入ってきた頃はただの荒れ地だった。

 滝沢は高校生の時、ファミレスでアルバイトをしたが、すぐに辞めてしまった。
 バイト歴が長い人が、気の弱い後輩バイトをいじめていたからである。
 いじめと言っても、あからさまなものではなかった。今で言うところのパワハラだ。同じ人間で大した差もないのに、ほんの数ミリの立場の高さで低い位置の人間のマウントを取ろうとする。
 ただのアルバイト同士の関係だ。でも、その先輩はびくびくしながら必死で人間関係を作ろうとしていた。自分が安心できる上下関係を作ろうとしているのが見えて、嫌気がさした。
 それを指摘するのも面倒だった。いっそのこと酷いイジメなら注意したり問題にすることも可能だったが、ただマウントとり野郎がうっとうしいという理由では何もできない。
 気に入らなければ自分が辞めればいい。そう思って店を辞めた。
 彼は気持ちが優しすぎて、そういう嫌なやり取りを見ていられなかったのだ。
 
 たぶんこれから先、どんな世界に飛び込んでも同じような光景が待っているのだろう。
 自分に自信のない者ほど、必死で他人を蹴落として、爪先立って少しでも上位に立とうとする。そういう人間を見ると虫唾が走るが、そんな中でも愛想笑いを浮かべながら自分を押し殺すのが、世間が若者に求める協調性だ。
 だとしたら、自分は協調性のない人間で十分だ。
 学校なら気の合うやつとだけつるんでいれば良いが、会社に入ったらそうはいかないだろう。
 滝沢は、一般社会で生きていく自信がなかった。絶対にいつか、いけすかない上司に「もっとスカっと生きられないんですか?」などと口走ってしまう。絶対に俺はそうなる。
 滝沢は賢いから、ある程度の先が読めてしまう。自分の性格もわかっている。でも、頑固なところがあって、曲げたくないものがある。

 だから高校の進路相談では、滝沢は「麻雀をやりに東京へ行きます」と言った。

 担当の先生は「いや、高校卒業してどうするのかって話なんだが」と聞き返してきた。
 
 いや、だから…。

 滝沢は繰り返そうとしたが、どうせ言っても分からないと思って「音楽がやりたいので音楽の専門学校に行きたいと思ってます」と言って面談を終わらせた。

 実際に高田馬場の専門学校へは行ったし、音楽は好きだった。
 だが、自分が本当にやりたかったのは麻雀だった。

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 高校の頃から麻雀を打っていたが、なぜかそこに集う人たちは嫌いじゃなかった。ワガママなオヤジもいれば、ずっとブツクサ言っている陰気なおばさんもいる。でも、そこでは誰が何を言おうと、勝てば点棒がもらえて負けたら点棒を吐き出すだけだ。
 口だけが達者でいくら能書きをたれていても、麻雀で負けたら点棒を払うしかない。その公平性が好きだった。くだらないマウントをとってくる人がいても「ロン」と言ってやれば解決する。

 長岡の駅前での麻雀も面白かったが、東京へ行けば、もっと面白い麻雀が打てるはずだ。

 滝沢少年は、麻雀の腕一本で生活するという無謀すぎる夢を抱き、高田馬場にやってきた。

【荒正義との出会い】

C荒正義2

 Kさんという人が滝沢のことを荒正義プロに紹介する場面があった。荒さんが毎日のように行っていた歌舞伎町の「とら」という寿司屋だった。滝沢はまだ18歳だった。
 私もしょっちゅうそこに行って荒さんに奢ってもらっていたのだが、その時も私は同席していた。
 Kさんが、滝沢と打ってやってくれと荒さんに頼む。
 荒さんは「僕らの場は、彼にはまだ早いよ」とか何とかいってケムに巻こうとする。要するに面倒くさいのだ。
 滝沢は全然喋らなかった。緊張しているとかではなくて、極端に無口な男だったのである。
 Kさんがあの手この手で荒さんを口説き、なんとか荒さんは打ってくれることになった。

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