麻雀の歴史⑥ 競技麻雀は「競技」なのか(文・黒木真生)
【競技麻雀はこれでいいか】
「Mリーグ」の影響もあり、一般の方が「競技麻雀」という言葉を目にする機会も増えてきたと思う。
だが「競技麻雀」と世間一般の麻雀の違いは何かについて、考えたことがある人はあまりいないだろう。
「競技麻雀」と言えども、成績の指標は「ポイントの収支」である。その半荘で「いくら勝った」か「どんだけ負けた」かを累積していくだけの話であり、巷の麻雀と変わらない。
つまり、世の一般愛好家が「勝った、負けた」と言っている年間のトータル収支を「純粋なポイント」として記録し、それによって勝者と敗者を決しているだけなのだ。
唯一、違うのは「お作法」だろうか。巷の麻雀は「娯楽」であり、楽しくおしゃべりしながら打つのが普通だが、「競技麻雀」は「試合」なので私語は厳禁である。
また、マナー面にも厳しかったり、逆に巷の麻雀よりも緩い部分があったりする。たとえば、現在のルールではあるが、「見せ牌」や「腰」に関しては世間一般の麻雀の方が厳しい。「見せた牌」や「腰を使った牌」で出アガリを禁止するケースが多いのだが、競技麻雀ではノーペナルティなのだ。
果たして「競技麻雀」はこんなので良いのだろうか。
47年前、そういうことを大真面目に考えた人がいた。
「近代麻雀」編集長の岡田和裕が「王位戦」を設立した翌年の1974年、「麻雀新撰組」の古川凱章が「年間順位戦」というものを始めた。これは「麻雀は競技として成立するのか」という一種の実験のようなものだった。
もっとも大きな特徴は「順位戦」であることだ。
「麻雀名人戦」や「王位戦」その他の誌上対局は「収支戦」であった。つまり、1試合が終わっても「収支戦」としては「途中経過」であって「結果」ではない。全試合が終了して初めて勝敗が決する。
「順位戦」なら、とりあえずその1試合が終われば「勝ち」か「負け」かは決まる。そして次の試合、その次の試合と「勝敗」をはっきりさせ、勝ち数と負け数で競う。
つまり、現在様々なスポーツなどの競技で採用されている方式である。
たとえばプロ野球で以下のような結果になったとしよう。
第1戦 阪神 7-0 巨人
第2戦 阪神 0-1 巨人
第3戦 阪神 0-2 巨人
これは誰がどう見ても巨人の2勝1敗である。ところが、現行の競技麻雀のやり方を当てはめると、3試合の点数がトータルされて「阪神7-3巨人」となり、阪神が4点勝ったということになる。
麻雀を競技にするというのなら、同じように1試合単位での勝ち負けを競い、その結果を累積させるべきだと古川は考えた。トップを1勝、ラスを1敗とし、2着と3着は引き分けというシステムを作った。そして勝ち数と負け数の累積で成績を競う「競技麻雀」を作った。それが「順位戦」である。
おそらくは、これが「世の中の常識」に近いのだろう。いま行われているような「今日は負けたけど明日勝てば取り戻せる」という「収支戦」の競技は麻雀だけだ。
だから古川が掲げた理想が突き抜けていったら、この「順位戦」はメジャーになったのかもしれない。
だが、そこに行く前に壁にぶち当たってしまった。「世間」にたどり着く前に「普通の愛好家」に受け入れられなかったのである。
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